月のひかり
誰よりも長い間、一番好きでいるつもりだった。なのに、相手の知らなかった一面をちょっと見ただけで、ひどく動揺している。
知らなかった、というよりは、予想していなかったと言う方が正しいかも知れない。
孝がそれなりの年齢の、成人男性であることを、自分はちゃんとわかっていたのだろうか? 高校生の頃とほとんど変わらない外見と印象に、何もかもあの頃のままだと勘違いしていたのではないのか。
少し考えれば、そんなはずはないとすぐにわかることだ。紗綾自身が子供ではなくなったように、孝だって高校生で止まっているはずがない。ましてや七年も経てば、大きく変わることもあって当然である。
理性ではそう考えるけれど、感情はなかなかついてきてはくれない。だからその考えが頭にある時はたいてい憂鬱だった。さっき会話が途切れた一瞬もそうなって、直後に届いたメールで、さらに憂鬱の度合いが深まってしまった。ため息をつくのをこらえるだけで精一杯だ。
そんな気分が影響して、いつもよりやや多めに飲んだような気がする。実際、菜津子にも「池澤さん今日は飲んでたね、大丈夫?」と聞かれた。確かにだいぶアルコールが回っている気はするが、いちおうはちゃんと歩けるし、ナチュラルハイになっているわけでもない。むしろ、頭の回転は良くなっていて、ただし後ろ向きな方向に限るため、ますます余計な考えが浮かんできてしまうほどだった。
飲み会がお開きになり、メンバーの大半が二次会のカラオケへと向かう中、紗綾は帰宅組の少数派にいた。いつものことではあるものの、今日は特に、早く帰って眠ってしまいたかったのである。
八時すぎ、二車線の車道に面した表通りは明るいが、横道に入ると途端に照明の数が落ちる。そちらにあるのが、会社のビルや昼間の営業中心の飲食店が主だからだ。
目指す地下鉄の駅への入口は、高速道路を見上げる交差点の脇にある。そのため大通り沿いといってもやや暗く、街灯の白い光が一瞬、真上にある月の光のようにも感じられた。
信号を隔てた向かい筋も同じような暗さで、だから、たまたま視線の先にいた人影が誰なのか、距離的にも見分けはつけにくいはずだ。しかしその時はアルコールのせいなのか、絶妙なタイミングで脇を通った車のライトのせいか、二人組の横顔がはっきりと見えた。その瞬間、心が凍りついた。
横道のひとつから出てきたのは、孝と、例の「元彼女」だった。腕をからめたまま、向かい筋の角にある地下鉄の別の入口に向かって歩いている。
その入口と、今から紗綾たちが階段を下りようとしていた入口とは、同じ改札につながっている。それを思い出し、紗綾は青ざめた。
「……どうしたの?」
階段の直前で突然足を止めた紗綾を振り返り、菜津子が首を傾げた。他の連れも(保冷剤で問題なく目を覚ました高部譲も)皆、怪訝な顔をしている。