月のひかり
本当にわかっていないのか──いや、そんなはずはない。
そうでなくてどうして、こちらを酔いつぶそうとした挙句、ホテルに付き合わせようとするものか。
三度目はないつもりでいたのに、玲子はまた姿を見せた。こちらの読み違えというのか、ある意味では逆に予測通りだったというべきか。
しかし、今はかなり状況も違っているし、いつまでも続けられては困る。だからきちんと話をつけるつもりで、懸念の表情を見せる土居には遠慮してもらい、二人で話すことにしたのだ。
前の二度にも増して、玲子は饒舌だった。
話の継ぎ目にこちらが気づくより先に次の話題に移るといった具合で、明らかに、話しかけられる隙を作らずにいようという意図が感じられた。
それに気づいたにもかかわらず、結果的に孝は、彼女のペースにはまってしまっていた。できれば、あまりきつい言い方をしたくないと、甘いことを考えていたせいもあっただろう。……どうにか口を挟めないかと考えながら、いったい何杯飲んだのか。
思い返してみれば、飲みかけを空ける頃には次のアルコールが常に傍らにあった。途中からは頼んだ覚えがないから、玲子の差し金に違いない。こちらよりはよほど酒に強い相手のペースで飲まされて、いいかげんやばいと自分でも思った後、しばらく記憶が途切れている。
気づいたら、界隈では名の知れたホテルが目の前で──からめた腕を引く玲子が、親切めかした声で「休んでいきましょう」と言った瞬間、無理矢理に酔いを振り払った。
当然ながら完全に醒めるわけもなく、頭は痛むし吐き気はするし、心身ともにかなり最悪の状態である。わずかながらでも気を遣ってやろうと思った余裕や甘さも、ほとんど消え失せていた。
おそらく、付き合っていた三年の間には向けたことのない、突き放す口調と態度。さすがに戸惑ったのかしばしの沈黙があったが、それでもまだ、玲子は不思議そうな表情を崩さない。
「どうしたの。そんな怖い顔して」
言いながら、口元に笑みを浮かべ直しさえする。
「疲れてるんじゃない? やっぱり休んでいった方が──」
最後まで聞かず、孝は道を引き返し始めた。振り払った腕はまたすぐに追いつきからまり、いくぶん慌てた声がそれに続く。
「ねえ、ちょっと待って、私」
「いいかげんにしろ、って言わなかったか?」
車道沿いの大通りまで戻ったところで足を止め、玲子を振り返る。今日、常に整っていた笑みがその時、初めてこわばった。
孝が本気で苛立っていることにようやく気づいたらしい。だが、いっそあっぱれと言うべきか、なおも笑いかけるのをやめなかった。