月のひかり
「どういう意味?」
「それは自分でわかってるだろ。演技はやめろよ」
「わからないわ、だって私、ほんとに孝に会いたかったから」
「そうじゃなくて、彼氏への当てつけにしたかっただけだろ。それに気づかないぐらい俺のことバカだと思ってたのか、それとも、俺がまだおまえのこと好きでいると思ってた?」
立て続けに指摘した最後の部分で、今度ははっきりと玲子の表情が変わった。笑みがかき消え、明確な狼狽の色が浮かんだ。
「──なによ、それ」
という声も心なしか震えている。
「そう思ってたから来たんだろ、でなきゃ来るはずがないもんな。二度と会わない、って言ったのはおまえの方なんだから」
別れる時、ほとんど何も言えなかった孝に、玲子は形ばかりの謝罪や耳に痛い本音を口にする中で、「もう会うつもりはないから」と何度も言ったのである。言った当人が忘れているはずがないし、孝も当然覚えている。
だが、そんなことも再会すれば──よりを戻そうとすれば帳消しになるほど、まだこちらが好きでいると思っていたのか。
玲子は視線を落とし、何も言い返さない。しかし伏せる直前の目の色、引き結んだ唇と、いまだ孝の腕をつかんだまま離そうとしない手が震えていることからして、指摘が間違っていないのは確実だと思われた。
話すうちに逆に落ち着いてきていた孝は、気持ちに余裕が若干戻ってきたせいか、ふと、玲子に憐れみのようなものを感じた。
腕から玲子の手をそっと外し、できるだけ穏やかに、しかしきっぱりと告げる。
「何があったか知らないけど、俺は彼氏の代わりにはならない。いつまでも別れた時と同じじゃないんだ。俺の気持ちだって変わるんだよ」
「────そう」
しばしの間の後、返ってきたのは感情のない声。
その一言だけで、玲子は視線を上げることも振り返ることもなく、早足で去っていく。
今度こそ、二度と会いには来ないだろう──ようやく本当の意味で終わった、終われたのだという気がした。
玲子の後ろ姿が見えなくなったあたりで、ふう、と息をつく。一度目の別れの時はほとんど空虚しか感じられなかったが、今は、納得と安心の思いで満たされていた。酔いも不思議なほど感じなかった。
付き合ったことを後悔してはいないが、別れたのはやはり当然の結果だったのだという、心からの納得。そして、確信を持って二度目の別れを口にできたことに対する、思った以上の安心。
そんな自分を多少は意外に思いながらも、同時にそうできた自分に納得する気持ちも含まれていた。
理由については、まだ、ずいぶんと漠然とした感覚でしかないのだが。