月のひかり
翌日、出勤した途端に土居に呼び止められ、少なからず驚いた。
「あれ、めずらしいな土曜に出てくるなんて」
「そんなことより、昨日はどうしたんだよ、あれから」
淡々と疑問を口にした孝に、土居はやたら真剣な面持ちでそう聞いてくる。質問自体は当然だと思ったものの、
「まさか、それを聞くためにわざわざ出てきたわけじゃないよな?」
「そんなわけないだろ。……いや、まあ、賞与一覧の出力分の照合に便乗したのは認めるけど」
と、土居はぼそりと言う。経理のシステムは土日は稼働していないから、基本的に休日出勤は発生しないと聞いている。その分、支払い期日の直前は残業が多くなるらしいが。
「で、どうだったんだ結局」
あらためて尋ねられ、孝は答えた。
「どうも何も、話はつけたよ」
「大丈夫だったのか?」
「……まあな。向こうはいろいろ考えてたみたいだけど、俺はそんなつもりなかったし。彼氏の代わりにはならないってはっきり言った」
結果はともかく、途中に関しては情けない思いが湧いてこなくもないので、詳しく言うのは差し控えた。思い出して、二日酔いが強くなったような気分がしたからでもある。
詳細を聞きたそうな顔はしたものの、ありがたいことに土居は「そうか」とうなずいたのみで、追及はしてこなかった。
「ならいいけど……正直、心配だったんだよな。最近おまえちょっと変だったから、もしかしてあの女のことでなんかあったんじゃないかって思ってたし──そしたら昨日のあれだろ。ヤバい気がしてたら案の定、そんな調子悪そうな顔してるし」
ひそめた声で苦々しく言われ、孝も苦笑を返すしかない。どういう展開になりかけていたか、おおよそのところは想像されているのだろう。
「確かに、あんなふうに来たのは昨日が初めてじゃなかったけど。でも最近のこととあいつの件は、別の話だから。あと、体調は単なる二日酔い」
「別の話?」
何気なく言ったつもりだったが、やはりその部分を聞きとがめ、土居は新たな疑問を顔に浮かべる。数秒首をひねった後、突然目を見開き、先ほどよりさらにひそめた声で「もしかして」と言う。
「幼なじみって言ってた子のことか? 四月頃にこの近くで見かけた」
「よく覚えてるな」
土居に話したのは一度だけ、それも、まだ相手が紗綾かどうかはっきりしなかった頃だというのに。