月のひかり
「そりゃまあ、結構可愛い子だったし、おまえの方から女の子の話題が出るなんてめずらしいからな」
と言う間に、土居の表情は徐々に変わっていき、言い終わる頃には実に意味ありげな笑みをこちらに向けていた。
「ふーん。なるほど、あの子となんかあったってわけだ。さーや、って名前だっけ?」
「ほんとによく覚えてんな」
半ば呆れ、半ば感心するような気分を覚えたが、すぐに別の感情が湧いてくる。
「それで、具体的に何が」
「悪い、その話は保留にしといてくれ。じゃ」
「え? ……あ、おい」
不意をつかれた土居がぽかんとしている隙に、孝はその場を離れた。呼ぶ声はもう一度聞こえたが、追いかけてはこなかったので、足は止めなかった。
紗綾のことに関しては、軽々しく口にしたくはなかった。少なくとも、今は、他人に説明可能な状況とは言えない。自分でも、はっきりわかっている段階ではないからだ。
玲子を拒絶した時、心の奥に紗綾の存在があったことは間違いなかった。
幼なじみが見せるまっすぐな思慕に比べたら、玲子がいかに言動を取り繕っていたのか、隠された感情の歪みがどれほどのものだったか。そのことに確信を持って気づけたから、最終的ななりゆきはともかくとして、玲子をはねつけることができた。それは確かだと思っている。
だが、紗綾を思った理由については、確信も自信も、今はまだ持てずにいた。
──紗綾がこちらに向ける思慕が、単なる幼なじみの範疇におさまらないものかも知れない、とは考え始めている。しかし、自分はどうなのだろうか。
それからの一ヶ月ほどは、何事もなく静かに過ぎた。文字通り、仕事以外の日常は静かな状態で──玲子はやはりもう姿を見せなかったし、週末に紗綾が訪ねて来ることもなかった。
正確に言えば、あの一件があった日以降、紗綾は一度も来ていない。それまでは、せいぜい二ヶ月ほどの期間ではあったもののほぼ毎週来ていたから、頭に浮かぶたび、どうしているのだろうと考える。
とはいえ、あんなことの後では顔が合わせにくいに決まっているから、直後の半月ほどは孝もあまり家にいないようにしていたわけだし、連絡も取らなかった。
しかしながら、これだけ日にちが経つと心配というか、落ち着かない気分が強まってくる。何かしらの変化を想像せざるを得ない状況に不安さえ覚えている、そういう自分に気づいて、そのたびにしばし悩むのだ──幼なじみに対する感情について。