月のひかり
終わった後はずいぶん泣きじゃくっていたから、どこか痛むのかと聞いてみた。紗綾は即座に首を振ったが、その後はまた嗚咽をこらえながら泣き続けた。どうしようもない気持ちで、彼女が眠るまで、その震える体を抱きしめていてやるしかなかった。
いったい、何があったのだろう──初めてではなかったことと、あるいは関係があるのだろうか。それがわかった時、意外には思ったが、全く予期していなかったわけではないことにも同時に気づいた。
相手は十中八九例の「彼氏」なのだろうが、そこまでの関係になったのなら、相当気を許しているに違いない……少なくとも紗綾は。それにもかかわらず、取り返しのつかないような何事かが起こった、ということなのか。
皿の上に何かが落ちる音にはっとして見ると、食べていたパンの、端三分の一ほどがちぎれている。ちぎれた部分は手の中に残っていて、その状態を見る限り、孝自身が握りつぶしたらしかった。
思い出して時計を見ると、八時五分すぎを差していた。急いで食事の残りを片付ける。
ベッドに近づくと、紗綾はさっきと変わらない体勢で、同じように静かな寝息を立てている。躊躇は感じるが、そろそろ起こさなければいけない。彼女にも、多少は時間が必要だろうから。
覚悟を決めて、名前を呼びながら、最初は軽く肩を揺すった。何度かそうしたが起きる気配がないので、もう少し強く、頭が動くぐらいに揺さぶる。
二度目で「……ん」と声がした。手を止めるとほぼ同時に、紗綾のまぶたが薄く開いた。
頭がわずかに傾き、焦点の合っていない目がぼんやりと孝を見上げる。そのまましばらく静止していた目が、現実に突然戻ってきたといった具合に、大きく見開かれた。
ものすごい勢いで紗綾は跳ね起き、と同時に今の格好を思い出したのか自分の体を見下ろし、この上なく慌てた動きでタオルケットを引き寄せる。勢い余ってベッドから落ちかけたところを支えようとしたが、手が触れた瞬間、目を見張る反射神経で彼女は飛びすさり、孝から一番遠いベッドの隅まで下がった。
うつむけた顔は真っ赤で、必死にタオルケットを巻き付けたものの隠しきれなかった足先は、対照的に白い。
背を向け、懸命に身を縮める紗綾を目にして、あらためて胸が重くなるのを感じた──罪悪感と後悔と、その他言い表しきれない感情が混ざった、複雑な重苦しさ。
「……なんか飲むか?」
悩んだ挙句にようやくそう聞いたが、紗綾は即座に首を振った。そしてまた沈黙がおりる。
「その、起こしたくなかったんだけど……でも今日出勤だから。さーや一人にしとけないから」
とゆっくり言うと、紗綾は肩をびくりと震わせ、おそるおそるといったふうに、顔半分だけ振り向いた。初めて気づいたと顔中に書いたような、後ろめたさで一杯の表情。
だが目が合うと、またすぐに顔をそらしてしまった。さっきよりもいっそう、身を縮めてしまったように見える。