月のひかり
【5】事実と、事件の日

「紗綾、庭の草取り手伝ってくれる? ごはん食べてからでいいんだけど」
 九月が二週間ほど過ぎた日曜の朝。八時半過ぎに起き、二階の部屋から階下へ降りていった紗綾に、母親がそう声をかけてきた。今日は一日仕事が休みなので、めずらしく朝から家にいる。
「うん、いいよ」
 と、二つ返事で紗綾は答えた。母親と同じく今日は特に何も予定がない。前期試験中だから明日以降の試験に向けて勉強するつもりではいるが、さすがに朝から始める気にはなれなかった。
 庭に出ると、高く昇った太陽がまぶしい。日中でもかなり過ごしやすい気候になってきたが、晴れている時の日差しはまだ、強く感じられる時もある。
 今さら日焼けしたくもないので、紗綾は長袖のブラウスと、つばが広めの帽子を引っぱり出して身に着けた。母親も、帽子でなくサンバイザーという点以外は似たような格好で出てきた。
 夏になる前に一度草取りはしたのに、その頃とあまり変わらないレベルでそこここに生えている。今年は日照不足で農作物が高いとか言われていたのに雑草には関係ないのかな、などと多少八つ当たり的なことを考えてしまう。
「そういえば、サークルは最近どう? 週末あまり出かけてないみたいだけど」
 作業しながら話す中でそう聞かれ、一瞬、手も呼吸も止めた。
「……うん、試験中は休みだから。試験前も別に強制じゃないし」
 そうなの、と納得してうなずく母親に対し、ややぎこちなく笑い返す。試験中に活動しないのは本当だが、試験前に関しては嘘だから。より正確に言うと、強制でないのは確かだけれど就活や卒論がかかわってくる三年生以上に限られている話で、それ以下、特に一年生はよほどの事情がない限りは休めないという、暗黙の了解があった。
 だがこのところ、紗綾は週末の活動をさぼりがちだった。試験直前の、駅向こうの市立大学との合同活動は「三年以上も当日面接がない限りは全員参加」と言われていたにもかかわらず、仮病を使って休んだ。
 当然ながら、そのため最近は、二年生以上の反感を買っているらしかった。『どうしたの最近。あんまり休み続けてるとまずいと思うよ?』と、菜津子から数日前に言われたところだ。わりと真剣に、心配そうな声音で。
 もちろん、自分でも良くないとは思っている。
 だが、以前のように、気軽に参加できる心境に戻るのは難しかった。どうあっても、忘れてしまうことはできそうにないから。「向こう」との合同活動なんて、脅されても参加する気になれない──二度と、あんな人と顔を合わせたくはない。
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