月のひかり
大学で所属していたサークルには、三学年より下の顔見知りはいないに等しい。卒業後はほとんど顔を出していないからだ。その関係でないとすると、あとは……と考えてみた時、しばらく思い出しもしなかった相手が頭に浮かんだ。現役で合格していたなら、あの場にいておかしくない年頃の。
「……さーや?」
前触れなく呟いた孝を、土居は怪訝そうに見ている。
五限終わりのチャイムが鳴ると同時に、大教室の中は数百人分のざわめきに満たされ始めた。講師が講義終了を告げる声は、マイクを通してだから聞こえる音量ではあるが、おそらく誰もまともに聞いていないだろう。
金曜の最終授業で、あとは週末に突入するだけだから、どの学生も程度の差はあれど浮かれている。紗綾も例外ではない。この後約束があるので急いではいるが、明日から二日間休みだと思うとわくわくする。
明日は親しくなった学科の子たちと映画を観に行く予定だ。丸一日空いている明後日は何をしよう、たまっているドラマの録画を一気に観ようかなと考えていると、教室内を見回していた女子学生と目が合った。相手は「見つけた」という表情を浮かべ、
「あ、池澤さん。今日サークルに顔出した?」
と言いながら近づいてくる。彼女は紗綾と同じ社会学部で、半月前に入ったボランティアサークルでも一緒……というのはわかるのだが、名前が思い出せない。この科目を取っているのだから学年は同じだと思うが、万が一を考えてタメ口はきかないことにした。
「いえ、朝からずっと空き授業なかったんで、今日は一回も。何かありました?」
「そう、あのね、この後の飲み会中止になったんだって」
「えっ? どうして」
「どうも連絡ミスだか何かで、店の予約が取れてなかったらしいよ。他の店に問い合わせてみたけど今日はどこも一杯で、三十人以上の席は確保できそうにないから来週に延期するんだって」
「そうなんですか。今から駅に行こうとしてたとこだったから、山崎さんに聞けてよかったです」
やっと相手の名前を思い出し、そう返した。
「そうよね。ところで、他に社学の一年っていたっけ」
「えーと、……塚田くんと原さん、ぐらいだったと思いますけど」
「あ、その二人は講義始まる前に会えたから。じゃあこっちは大丈夫ね。もし集合場所に行ってても幹部の人がいるはずだし。ところで」
安堵も束の間、山崎嬢は不可解な表情を見せる。