月のひかり

「こないだのこと、本当にごめんなさい。みんなにすごく迷惑かけて」
「なんだ、そのことなら気にするなって、うちの親も言ってたろ。ケガも大したことなかったんだし、少なくとも俺は迷惑とか思ってない」
「ううん、そう思ってくれてても、やっぱり迷惑かけたことに変わりないよ。……だって、そもそも、わたしの思い込みがいけなかったんだもの」
 そこで一度、沈黙をはさんだ。今まで言えずにいたこと、言わずにきたことを、これから言うのだ。緊張という一言で足りるような、生易しい気分ではなかった。
 孝は少し首をかしげながらも、訳がわからないという表情はしていない。静かに、紗綾の言葉の続きを待っている。
 深呼吸し、息を吐く勢いとともに声を出す。
「わたし、こうちゃんが好きだったの、ずっと」
 思いのほか、落ち着いた調子で言えた。全身が心臓になったような、今までで一番、ドキドキした瞬間ではあったが。
 孝の様子は、見た目には変わらなかった。それに安心したような、物足りないような微妙な心境になりつつも、紗綾は先を続ける。
「だから、あの人とまた付き合ってるんだと思ったらショックで……あきらめなきゃしょうがないって思っても苦しくて、ひとりでいるのが耐えられなかった」
 あの人、つまり孝の元彼女が、二回目に見かけた時にどういうつもりでいたのかは大まかに聞いた。母親と病室に行って、偶然二人だけになった短い時間に紗綾が、彼女にも申し訳ないと口にしたから。
 孝と彼女があの時、本当の意味で別れたのだと、もっと早くに知ることができていたら──いや、話を聞く機会があったとしても、あの時の自分だったら、聞く前に拒絶していたかも知れない。よりを戻したものだと思い込んでいたから。
 少しでも冷静に考えて、舞の言う通り、ちゃんと確認するべきだったのに。自分のやったことはことごとく、その場の勢いだけで思慮に欠けていて……まるきり子供のふるまいだった。
 どうしようもないぐらいに子供だった。
「でも結局、あんな人に引っかかっちゃって……遊ばれてるだけだって最後までわからなくて。ほんとにわたし、自分で笑うしかないぐらいバカだった。付き合おうって言われて相談した時に、こうちゃん真面目に注意してくれたのに、気をつけろって」
 うわべだけ優しくされている事実に気づかず、それを本心からだと思ってしまった。少しでも客観的に考えられていれば、いくら相手がうまく取り繕っていても、綻びに気づけたかも知れないのに──気づけなかったのはたぶん、紗綾自身がその時、相手の気持ちを真実と思いたがっていたから。
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