月のひかり
そうしなければいけないと思った。自分が紗綾を見くびっていた事実に、彼女を「守られれば満足する子供」と同じように考えていたことに、気づかされたから。
──彼女はもう、子供ではない。
だから、紗綾が彼女自身の望む「大人」になろうとするのを、そばにはいられなくとも幼なじみの距離で、ずっと見守ってきたつもりだ。
そして今年の正月に帰省した時、無事に就職が決まり、春からは一人暮らしをすると聞いて……年月の経過を感じるとともに、そろそろ潮時かもと思いもした。
あの時紗綾は、今は好きだと言ってもらう資格がないと言った。それなら、彼女が自分を許せるようになったら、始めることができるのだろうか。
そんなふうに思って──思っているうちに、三年半が過ぎていた。待っていてほしいと紗綾は言わなかったし、孝も待つとは言わなかったが……心の底ではやはり待っていたのだ。紗綾が再び、心からの笑顔とともに会いに来てくれる日を。
だが、それは勝手な望み、自惚れの産物だったのかも知れなかった。
少しずつ、だが確実に少女から大人へ変化している紗綾を会うたびに目にして、しかしその微笑みからぎこちなさがいっこうに消えないのを見ると、彼女の距離を置きたい気持ちに変わりはないのだと、思わざるを得なかった。
紗綾が本当の笑顔を向けたい相手は、もう他にいるのかも知れない。特にここ一年、かつて想像した以上に綺麗になっていく紗綾を見ていると、そんなふうにも思えた。むしろ、それで当然なのではないのか。子供の頃から好きでいてくれた彼女が、その後もずっと同じ気持ちを持ち続けてくれる、なんてことを期待する方が甘いのだろう。
理性ではそう考えても、心に一度染み付いてしまった感情と願いは、消し去ることが難しかった。
……二時間ほど経って店を出る頃には、いつもと比べると二人ともだいぶ多く飲んでいて、特に孝はいくぶんナチュラルハイな状態で、土居に心配されてしまうほどだった。
タクシー拾ったらどうだという提案を退けて最寄りの地下鉄の駅まで歩き、反対方向へ帰る土居とはそこで別れ、電車を乗り継いで自宅の最寄り駅にたどり着く。
駅の外へ出ると、当然ながら駅の照明と街灯以外に周辺の明かりはない。遅い帰宅の人々でできていた多少のにぎわいもすぐに四方八方へ散っていく。
一つ角を曲がって駅が見えなくなると、周囲を照らす明かりはさらに少なくなった。このあたりは早くから電気を消している家が多い上、街灯が少ないのだ。だが今日は、意外に明るいような気がする。
ふと見上げた空には雲ひとつなく、高く昇った月は丸い。降り注ぐ月の光に思い出させられたのは、あの夏の終わりの夜だった。そして翌朝の彼女の、泣き出しそうな顔──
直後、視線を正面に戻したその時、先のT字路を横切った人影にはっとして、一瞬足を止める。
見間違いだと思った。あるいは状況と酔いによる幻覚か、とさえ。だが我に返って角まで走り、目をこらすと、十メートル先を歩く姿が確かに見えた。