月のひかり
手を振りながら慌てたように言う相手に対し、同じように紗綾もリアクションしながら、
「あ、いえ、まだ食べてないんで。母も何も作ってないと思いますし」
と答えた。
そういうわけで、タイミング良く振舞われた隣家の夕食を、有難く頂くことになった──青椒肉絲と中華くらげのサラダ、チンゲンサイと卵のスープ。どれも美味しかった。母の味付けは薄めで、普段はそれで慣れているのだが、実を言うと濃い味の方が紗綾の好みだった。保田のおばさんが作る程度の味が、ちょうどいいと感じる。
食後に和菓子まで出してもらった。お茶を飲みながら、話題は紗綾の大学生活のことになる。
「クラブとかは、もう決めたの?」
「はい、ボランティアのサークルに。近くの大学のサークルと協力して、週末に地域活動とか、施設の訪問とかするんです。わたしはまだ一回しか参加してませんけど」
「確か、福祉の学科だったわね。将来はお母さんみたいな仕事に就くのかしら」
「そうですね、たぶん……今のところは。資格は取るつもりでいます」
答えにうなずいた後、おばさんはふいに口を閉ざして、紗綾の顔をじっと見る。
「……? 何かついてますか」
「そうじゃないの、最近また可愛くなったなあって思って」
ふふ、という笑みとともに出た言葉にびっくりして、直後、頬に血が上ってくるのがわかった。
小学校からの親友である、森山舞にも言われたし、実は自分でもちょっとは思っていたりしたけど、面と向かって言われるのはやはり照れる。
「そんなことないですよ」と謙遜を返したが、おばさんはすぐさま首を振った。
「美人になったわよ、ほんとに」と力強く断言した後、
「あー、やっぱり私も女の子がほしかったわねえ。息子だけじゃつまらないわ」
言い足されたその言葉に、紗綾は間髪入れず反応した。
「そういえば、こうちゃん元気ですか」
「だと思うけど。せめて月に一回ぐらい電話しなさいって言ってるのに、そうしてくれたことほとんどないのよ。ここ三年ぐらいお正月でもまともに帰ってこないし。なんて薄情な子かしらね」
怒ったような言い方ではあるけど、表情は声ほど険しくはなかった。
「たまに様子を見に行こうかと思っても、休みも仕事でいない時が多いみたいだし……そんなに働いて体壊したらどうするのって言っても聞かないのよ。まったくもう」
その心配は当然だと紗綾も思った。薄情であろうが、忠告を聞かなかろうが可愛い子供、しかも一人息子なのだから。
ふと、頭に閃くことがあった。