ミジカ
4.実験
黒い袋は上の方も透明なテープでがっちりと止めてあり、中身のヒントとなるようなものはなにもなかった。大量のそれがワゴンに整然すぎるほど整然と並べられているのが、見ていて居心地の悪いような気分になってくる。何より黒というのがいけない。
かといって気にならないでもなかったのは、その袋が案外次々と売れていくからだ。何が入っているのかわからないから避けていく、というのではない、手にする客はみな、そうそうこれが欲しかったのよね、とばかり、平然と買い物かごに放り込んでさっさと別の売り場へ行くのだった。
そこでわたしは疑問に思う。
スーパーで、3,000円もする謎の袋を、迷いなく買うというのはどういう心理だろうか。
もしかすると。
これを謎の袋、だと思っているのはわたしだけで、実はこのスーパーでときどき扱っている名物品かなにかなのかも知れない。たとえば、今日が第一日曜日である。第一日曜日の開店すぐにスーパーに来るのが習慣になっている客は、この日、この時間に黒袋を売り出すことを知っている。対して、わたしは第一日曜日の朝早くにスーパーを利用することがあまりない。これまでみすみすこの黒袋を逃していた、知っている者にすれば損をしている客、ということになるのではないだろうか。
すると黒袋であることも、黒袋であることがむしろ都合のいいような内容物なのではないだろうか、とわたしは考え直した。
買ってみようか。しかし、3,000円である。
なにか分かりきっているような顔でこれを手にする客の中におろおろしながら入っていくのもなんだか憚られて、わたしはワゴンから少し離れたところに立っている。
よくわからないものに3,000円は痛い。
などとぐずぐずしている間にも、黒袋はどんどん捌けていき、最早残りは数える程度。
頭の中で財布の中に何枚紙幣があったか数える。まめな人間ではないので、気がつくと残り一枚か二枚、ということもわたしの生活にはままあることだが、この時たまたま、五千円札の存在を思い出す。
よし。行けなくはない。
そもそもなぜスーパーに来ているのか、はっきりとした目的はあるようで無かった。スーパーに来る前に買うものをあらかた決めておく人とスーパーにあるものを見て決める人がいるとすれば、わたしは後者であった。
袋を手にして、さっとワゴンを離れる。
買う前にちらとでも中身が見えればよかったのだが、やはり隙間なくテープが貼られていて、それは叶わなかった。
戻そうかな、とも思った。しかし、戻せば戻した瞬間に、黒袋は誰かの手に渡るだろう。
考えながら少し周囲を巡って戻ってくると、黒袋はやはりすべて人の手に渡ったらしい、もはやワゴンすら片付けられていた。
良い買い物をしたのかそうでないのか、早くとも会計を済ませるまではわからない。わたしは気になったし、こんな出費をするはずでもなかったので、野菜・肉の売り場をさっと眺めた程度で、早々にレジへ向かった。
「買った買った」
防犯カメラの映像を見ながら、男は嬉しそうに手を叩いた。
これはいまカメラに映っているこの客が黒袋を購入するかどうかの実験で、スーパーは男が借り切り、その他の客は全員エキストラ俳優だ。
なぜこんなことをするのかというと、男の趣味であった。いろいろあってものすごい大金を得るに至ったが何に使っていいかわからなかったので、しょうもない実験をしてみたら見事にはまってしまった。元来この男には、人を試して楽しむようなところがあった。
あるバイトが店長に訊いた。
「あの人、なんですか? なにがしたいんですか?」
「そんなこと知らないよ」店長は嫌そうに答えた。「いいでしょう。あの人がバカみたいなお金の使い方してても、うちはお金もらえるんだから。誰が何に使おうが、こっちが得するなら文句ないよ」
「ふーん」
どうせ自分たちの時給が上がるわけではないんだろうな、とバイトは思った。
店長が吐いた煙草の煙が、晴れ渡った日曜の空に昇って消えた。
かといって気にならないでもなかったのは、その袋が案外次々と売れていくからだ。何が入っているのかわからないから避けていく、というのではない、手にする客はみな、そうそうこれが欲しかったのよね、とばかり、平然と買い物かごに放り込んでさっさと別の売り場へ行くのだった。
そこでわたしは疑問に思う。
スーパーで、3,000円もする謎の袋を、迷いなく買うというのはどういう心理だろうか。
もしかすると。
これを謎の袋、だと思っているのはわたしだけで、実はこのスーパーでときどき扱っている名物品かなにかなのかも知れない。たとえば、今日が第一日曜日である。第一日曜日の開店すぐにスーパーに来るのが習慣になっている客は、この日、この時間に黒袋を売り出すことを知っている。対して、わたしは第一日曜日の朝早くにスーパーを利用することがあまりない。これまでみすみすこの黒袋を逃していた、知っている者にすれば損をしている客、ということになるのではないだろうか。
すると黒袋であることも、黒袋であることがむしろ都合のいいような内容物なのではないだろうか、とわたしは考え直した。
買ってみようか。しかし、3,000円である。
なにか分かりきっているような顔でこれを手にする客の中におろおろしながら入っていくのもなんだか憚られて、わたしはワゴンから少し離れたところに立っている。
よくわからないものに3,000円は痛い。
などとぐずぐずしている間にも、黒袋はどんどん捌けていき、最早残りは数える程度。
頭の中で財布の中に何枚紙幣があったか数える。まめな人間ではないので、気がつくと残り一枚か二枚、ということもわたしの生活にはままあることだが、この時たまたま、五千円札の存在を思い出す。
よし。行けなくはない。
そもそもなぜスーパーに来ているのか、はっきりとした目的はあるようで無かった。スーパーに来る前に買うものをあらかた決めておく人とスーパーにあるものを見て決める人がいるとすれば、わたしは後者であった。
袋を手にして、さっとワゴンを離れる。
買う前にちらとでも中身が見えればよかったのだが、やはり隙間なくテープが貼られていて、それは叶わなかった。
戻そうかな、とも思った。しかし、戻せば戻した瞬間に、黒袋は誰かの手に渡るだろう。
考えながら少し周囲を巡って戻ってくると、黒袋はやはりすべて人の手に渡ったらしい、もはやワゴンすら片付けられていた。
良い買い物をしたのかそうでないのか、早くとも会計を済ませるまではわからない。わたしは気になったし、こんな出費をするはずでもなかったので、野菜・肉の売り場をさっと眺めた程度で、早々にレジへ向かった。
「買った買った」
防犯カメラの映像を見ながら、男は嬉しそうに手を叩いた。
これはいまカメラに映っているこの客が黒袋を購入するかどうかの実験で、スーパーは男が借り切り、その他の客は全員エキストラ俳優だ。
なぜこんなことをするのかというと、男の趣味であった。いろいろあってものすごい大金を得るに至ったが何に使っていいかわからなかったので、しょうもない実験をしてみたら見事にはまってしまった。元来この男には、人を試して楽しむようなところがあった。
あるバイトが店長に訊いた。
「あの人、なんですか? なにがしたいんですか?」
「そんなこと知らないよ」店長は嫌そうに答えた。「いいでしょう。あの人がバカみたいなお金の使い方してても、うちはお金もらえるんだから。誰が何に使おうが、こっちが得するなら文句ないよ」
「ふーん」
どうせ自分たちの時給が上がるわけではないんだろうな、とバイトは思った。
店長が吐いた煙草の煙が、晴れ渡った日曜の空に昇って消えた。