死ぬ前にしたい1のコト







「あっ、一華さん。こっち」


呼ばれるまでもなく、私は実くんを見つけてた。
OLさんとおぼしき女子がちらほらいる中で、真ん中の大きめのベンチに座っている彼はすごく異色で。
チラチラ動く彼女たちの目を追えば、彼を探す必要なんてなかった。


「お疲れさま。……って、あ。お兄さんも一緒なんだ? 」


不満げに言う声も、『……って、あ』の部分も謎に不要。
私がユウと一緒に来たことは、『お疲れさま』の前に一発で分かったはず。
何より、ユウのことは知っているはずで、『お兄さん』なんて呼び掛けは嫌がらせでしかない。問題は。

――どっちへの嫌がらせかってこと。


「……お前、いい性格してるね? 」


ユウは、すぐにそれが自分に向けたものだと受け取ったらしい。
スッと目が細くなったのは微笑んだからではなく、明らかに怒っているからだ。


「そうかな。お兄さんほどじゃないと思うけど。それより、一華さん」


ベンチに座ったまま、まだ立ちつくしている私の手首をそっと握った。


「昨日、元気なかったじゃない? 考えてみたら、あの後あることないこと噂されて落ち込んでたんじゃないかなって。一華さん、そういうこと俺に言わないから心配で」

「な……」


何を言ってるの、この子は。
いろいろ言われたことも、泣いたこともバレた。
今更ここで、公衆の面前で手を取って上目遣いで尋ねることじゃない。


「ごめん。本当は、忘れ物渡したらすぐ帰ろうと思ってた。でも、別の男と一緒にいるの見たら不安で……怖かったんだ」

「だから、それは言ったじゃない。っていうか、なんなのこ……」


――これ(・・)は。



「うん。分かってる。一華さんが優しいことも、俺に流されてくれてることも……俺がそれに付け込んでることも。でも、それでも」


(だから、この訳分からん下手な芝居は何なの~~……っ!? )


その一言を言わせない為か、ぐっと手首を引かれ、ガクンと膝が折れる前、ユウがびっくりして支えようとしてくれるよりも一歩前に――ベンチの上――いや、下手どこか無意味に名演技を披露している実くんの足の間に尻餅をついた。


「……ごめんね。俺、やっぱりそれ、利用してたい。……別れるなんて言わないで。お願い」


ゾクリとしたのは、自分の髪が首筋をくすぐったから。
彼の吐息が近くて――つまりはすぐそこに小さな顔と唇があって。何でかっていうと、細い顎が、後ろから肩の上に――……。


「~~っ……!?!?!? 」

「職場が違うとか、歳とか……そんなことで、俺ができないって思わないで。俺、一華さんを傷つけるやつ、絶対許さないから。何かあったら、すぐに言ってよ」


私がショートしそうになっているのを気取られたのか、こやつはこのありそうでないような、やっぱりベタっぽいドラマ仕立ての台詞を吐き続けている。


「俺にできることなら、何でもするから。だから……一緒にいて。もっと、俺のこと見て。好きになって」


どうしよう。
こういう時はどうすればいいの。
突き飛ばそうにも、相手は後ろだ。
そう、私は今不覚にも背後を取られている。
おまけに、両手首は実くんの両手に拘束されて、痛くはないけど、逃げようとする気配を察しているのかそのたびにきゅっと締まる。
ああ、こんなことなら、私には関係ないなんて思わずに護身術を習っておけばよかった。


「かーわいい。……俺はいいよ? 本当に好きになっちゃっても。ね、一華さん」





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