死ぬ前にしたい1のコト
「なんで、イチがそんな顔してんの」
休憩時間、ぼーっとコーヒーで両手を温めてたら、ふいに声を掛けられた。
「……だって」
辺りを見ても、他に誰もいない。
でも、ユウはそんなのどうでもいいみたいに、まっすぐこっちへ向かったと思うと隣に腰を下ろした。
「言ったでしょ。あんな展開、想定内なの。イチが凹むことないから」
「なんで、ユウはそんなに何でも分かっちゃうの? 」
くしゃっとした笑みが広がる前に、あっ、と思った。
また、「なんで」。自分で考えろって言われたばかりなのに。
「っあ……の、さ。何か懐かしくなっちゃった。ユウと初めて会った時、今の実くんくらいの歳だったよね」
二人の名前を一呼吸で呼べば、どうしたって『おにーさん』の声が重なってしまう。
「ん? そりゃ、入社した時だからね。そのくらいかも」
「あの時さ、先輩って呼んでくれてたの懐かしいなー。すごく可愛かった」
「それはイチのせいでしょーが。先輩って呼べないことばっかしてくれちゃって」
……う。それはそうだ。
身に覚えがありすぎて、逆にどれのことだか分かんない。
「面目ない」
「でしょーね。とか言いつつ、覚えてないんだろうけど、それも想定内」
「……うう。仰るとおりで申し訳ない」
ふっと笑った時に漏れた息が、思ったよりも近い。
その近さに、何となく顔をユウの方へ向けられなくて、代わりに黒目だけ動かした。
でも、一体、どこを見たらいいのやら。
迷った挙げ句、できるだけぼんやりと巻いているストール辺りを見ることにした。
「言わなかったっけ。いいんだよ、それで。好きでやってんだから」
『温くなっちゃったね』
そう言って、ゆっくり缶を包んだ手を開かせて。
びっくりして、今度は垂直というほど下から見上げる私に、今度はちゃんと楽しそうに笑った。
「俺が嫌なんだよ。お前が、誰かに傷つけられるの見るの」
(……あ……)
まただ。ううん、今度は久しぶり。
「体、冷えたんじゃない。運動不足・不摂生の冷え性だもんね、イチは。……ほら」
ボタンを外す指に注目してると、クスッとまた笑われる。
そして何が何だか分からないうちに、着ていたカーディガンがふわりと私の肩に掛けられた。
「いっ、いいよ。ユウだって寒いでしょ」
「いいから、大人しく着てな? 俺が優しいことしてるうちに、いいこにしといた方がいいよ」
そう言って、首に巻いていたストールまで解いて――そっと、私の耳から首、肩までを包んでくれる。
「……っ、ゆ、」
「ゆっくりしてな。あの子の相手、恋愛下手には結構疲れんじゃない? イチ、自分で気がついてないダメージ受けてると思う」
(……あったかい、けど)
耳がふわふわのストールで埋もれてる。
でも、聞こえてないふりにはちょっとだけ遅い。
何かがひんやりして、胸騒ぎがした。だって。
『俺』だけじゃなくて『お前』。
最後にそう呼ばれたのは、最初にそんなふうに言われたのはいつ、だったんだろう。