死ぬ前にしたい1のコト


男はね、って実くんは言うけど。
それはユウには当てはまらない。


「どっちが騙してんの。どっちが狡いんだよ。どっちが」


――一華さんに傷、つけてる?


「そう思ったら、キスしてた。……でもさ、言ったじゃん。好きにしていいって。正直、あの時は何も考えてなかったけど。でも、今は俺のリストに入ってる。一華さんにキス、すること」


いくら思い出そうとしても、思い出せない。
今、素面でその気持ちを想像するなら、それはたぶん、自分を正当化したかったからだ。
仕方ないって、酷いのは自分じゃないって。
他に悪者をつくって、自己憐憫も甚だしい最低な誘い方。


「なかったことにさせない。俺は覚えてるんだよ。あの夜、一華さんに誘われたこと。本当にいいの、って。始めたら、やだって言っても聞こえないふりするよって。何度警告しても、一華さん、好きにしていいって言ったんだよ」

「ごめ……」


たとえ慣れてって、経験値ゼロとレベルマックスくらい違ったって。
歳上は歳上、どんなに可愛くったってかっこよくたって。若者は若者だっていうのに。


「謝ってほしくなんかない。あいつに言ったらいいじゃん。脅されてるって、怖いんだって。俺、男でしょ。子供がふざけたんじゃない。一華さんにだって、男に無理やりキスされた自覚ちゃんとあるくせに」


考えが筒抜けなんだろうか。
若いんだからって言われたのが聞こえたみたいに、また怖い顔してる。


「ねえ、一華さん。俺、脅してるよ。……だから、もう一回させて。クリアしたら二度としちゃダメなんて、そんな約束しなかったもんね」

「……だ、から。リスト化なんてしてな……」


それ(・・)だけだった。
それよりもひどく、難しいと思ったから。


「……入れとけって」


声が低いって。
言葉遣いがいつもと全然違うって。
脳が理解するより、腰を浮かせる方が早かったのは、私はまだ女の子だったのかもしれない。


「脅迫されて、抵抗できなくて。そんなの、想像しなかった? それとも、それも期待のうち? 」


無意識に息を止めてたせいか、一呼吸も二呼吸も実くんに捕まる方が先だった。


「……っ」


掴まれた手首が、今度はちょっとだけ痛い。
テーブルを挟んで向かい側からぐっと引かれて、慌てて左手をついたのがいけなかったのか。前に大きく傾いた身体をそっと押さえられた。


「目、開けたまましたいなら、ちゃんとこっち見てよ」


腕から肩、首筋に伸びようとしたのを感じてビクッとする。


「無理? じゃあ、はい」


不覚だ。
不覚だと思えなくなってくるところが不覚だ。
実くんの片方の袖で目を覆われて、またぴくんとする。


「んー、でもごめん。やっぱ、俺が一華さんのこと見てたいかも」


震えたくせに。
もうしっかり起き上がって、自分の重力で立っている。
実くんの手から解放されても、睫毛をくすぐっていた袖の繊維が離れても。

――唇の半分を親指になぞられて、頬と唇の間のもう半分を啄まれても。


「怖い? ……だったらいいのに」


ううん。これは、この「ぴくん」は違う。


「ごめん。この先は絶対、一華さんに許されてからにする」


口を開けると指先が埋まるのをいいことに、私は何も言わなかった。

――もう一回させて。

そう言いながら、今度は。
極力唇が重ならないよう繰り返されるキスが、甘くて。


「……可愛い」


合間に吐き出された台詞も、以前よりもごく僅か、本心に聞こえた気がしたから。




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