死ぬ前にしたい1のコト
ねえ、先輩。
無だ。
無になるのだ。
今、この時に集中して、呼吸する。
「……なんか、柳原さん含めて機械、って感じしない? 」
「やりすぎて、もはやシュレッダーと同化してるんじゃないの」
心地よい雑音にそんな声が混じって、無になんなかれなかった。
紙を裁断していく音と一緒に、私の雑念もバラバラになってくれたらよかったのに。
「でもさ、もう会議資料も紙はそんなに使わなくなったじゃない? どうするんだろうね、これから仕事」
同化しちゃったら、もう動けないじゃん。
ここに立ったまま、一体何をどうしたらいいんだろ――……。
「あんたたちこそ、嫌味言うのが仕事の女王様にでもなったつもり? 見ないうちに、随分偉くなってたんだね」
上から降ってくる声は、あちこちに対して冷ややかで刺々しい。
いっそ、本当に同化しようとシュレッダーに掴まったところで、私も後ろから何かでこつんと頭を叩かれた。
「いいのに……」
「別に、あんなの半径に入れたくないだけ。っていうか、イチもだからね。なんで言い返さないの」
自分の「半径」から散っていく彼女たちをチラリと見た後、今度はぽんと掌が後頭部を甘やかす。叩いて、ゆっくり指が曲がって。少し、髪を掬ったような気がした。
「だって、本当に同化しそうなほどシュレッダーかけてる」
びっくりして振り返った時には、もう手は離れていて。
何か言わなくちゃと開いた唇は、それに答えるしかなくなっていた。
「……まだ、現場に戻る気ないの」
切るものがなくなっても音を立ててるシュレッダーをOFFにして、聞こえないふりは許さないとユウが現実を突きつける。
「……ん……。ほら、うちの商品って、ターゲット層若いし。私はもう、それとズレてるかなって」
「それ、大きい声で言ってごらん? 恨まれても知らないぞ」
……もちろん、私より歳上の社員なんてたくさんいるけど。けど――。
「はいはい。で? とりあえずの悩みは、それじゃないんでしょ。また何かあったんだ? 」
「……あったけど、でも」
「……ここじゃ言えない? ……へえ、そんなことがあったんだ」
まずった。
何かがまずかった。
事実なんだけど、ユウのその一見爽やかな笑顔は相当怒っていて、しかも相手をこてんぱんにぶちのめす時に出るやつだ。
「じゃ、一緒に帰りましょ。場所が問題なだけで、言えないってわけじゃないんなら。ね? 」
「う、それはその、えっと」
それはそうなんだけど、今度はユウにも言いにくい。
べろんべろんに酔っぱらって、死ぬ前に何ちゃらなんて話を延々したくせに何を今更って言われようと、とにかく気まずいものは気まず……。
「迎えに来るから。……逃げんなよ、先輩? 」
ああ、もう。
既に地に沈んでるんですけど。