死ぬ前にしたい1のコト


目を見開いても、何か言わなくちゃと口を開いても。
見えるのはいつものユウで、他の情報を処理する時間が足りない。


「そ、それって……」

「そーだよ。それってつまり、どういうこと? はっきり言ってくれないと分かんないよねー」


そうじゃない。
考えなくても、ちょっとだけ裏を読めば分かる話を聞き返したのは私なのに、実くんは大袈裟に同調する。

――もしかして、私に聞かせたいの。

そう思うくらい、唇が耳に近い。
びっくりして拘束から逃れようと身を捩ると、引いた腰の分よりも唇や目鼻が近づいた方が大きかった。


「……っ」


ユウが唇を噛んだのと、私が叫ぶのを堪えたのはほぼ同時。


「残念。聞きたかったのに。我慢できちゃったんだ」


(な……)


我慢したんじゃない。
あまりのことに、悲鳴すらでなかった。
まさかまさかまさか。
さっきまで服越しに回っていた実くんの腕が、いつの間にか直接肌に触れてるなんて。


「一華さん、冷た。冷え性? あの時は、酔ってて熱かったのに」


何もかも、フェイク。
冷たい、なんて言いながら、触れたのは最初に掠めただけ。
きっと、それも意図せず当たっただけなんだろう。
意味ありげに曲がった指の関節は、ただ私の服を中から膨らませているだけで、どこも包んですらいない。
あの夜だって、絶対どこにも触れなかったはずだ。
でも、それならどうして、こんなことするの。


「あったかい? 俺はずっと家にいたから……ね、ほら。あったまっていいよ」


響くのは、実くんの声だけ。
チラッと動いた黒目は、どちらを見たのかな。

私か、ユウか。

気になるのにとても無理で、すぐにぎゅっと目を瞑ってしまって分からない。


「……っ、みの」


振り絞った声があまりに細くて、実くんの名前を呼ぶのを途中で諦めかけた時。


「……つまり、好きだってこと。女に興味がないなんて嘘で、俺はずっと、イチを騙してたってことだよ」


告白を聞き終えて何を満足したのか、実くんの手がすんなりと裾から出てきた。


「……離せよ」

「なんで? 」


それでも腰に再着陸した手を、ユウが荒く掴んだ。


(こく)っただけで、なに自分のものみたいに言ってんの? 決めるのは、一華さん。あんたの言ったとおり」

「……っ、だとしても! 何してもいいわけじゃないだろ」


(……あ……)


暴露されてもいい。仕方、ない。


「……そうだよ。だから、口説くの」


なのに、実くんは乱暴に引き剥がされた自分の掌を見つめて、ぽつんとそう言ったきり何も言わなかった。


「……イチ」


実くんに怒鳴ったのと、私を呼ぶ声が違いすぎて、ユウを見上げることができなかった。


「……ごめん。明日、説明させてくれる? ちょっと今は……ごめんな。……同じこと、したくないから」

「う、うん……」


とにかく、二人を離した方がいい。
今だって、実くんが鼻を鳴らしたことでまた一触即発な感じ。でも、引き離した後は、私は――……。


(……わたしは)


――どこに、いるんだろ。






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