死ぬ前にしたい1のコト
「……本当に、気づいてなかったんだ」
少し捲れたままだった裾を整えて、実くんが言った。
「……実くんは、最初から気づいてたんだね。なのに、私」
「まあね。どう考えても、好きだって目で一華さんのこと見てるから。でも、一華さんが気にすることじゃない。だって、あいつがそれを望んでるふりしてたんだからさ」
……そうかな。
もっと早く気づくべきで、普通に気がつけたはずなんじゃないのかな。
「言わないで、くれんだね」
『……何してもいいってわけじゃ……』
――ある。あった、のに。
「言われたくないでしょ、そんなこと。それに……それがただ恥ずかしくて言えなかっただけだとしても、嬉しかったから。あいつに、一華さんの何もかも全部、言えるわけじゃないってこと。俺とのこと、俺とだけに留めてくれて……なんかすごい……きた」
明らかにその単語、その箇所に反応して少し震えたのを、笑って頭をぽむっと叩いてくる。
「きたのに止めるってすごくない? 偉くない? 褒めて」
過剰反応を馬鹿にすることなく、優しく言って。ふざける為に、わざと覚えのある台詞を繰り返してくれた。
「え……」
「……ありがと」
初めてだな。
実くんの方が、そうやって予想外だって目を真ん丸にするの。
「いち……か、さん」
「だから、あんなことしたんだ。びっくりしたけど……気を遣わせてたんだね」
でも、私も初めてだ。
男の人と向かい合って、背伸びして――どうにか届いた頭を撫でるのは。
「……そうだね。でも、違う」
矛盾した言葉を続けられて首を傾げると、まだ頭の上にあった手を取られて、不安定だった爪先の方へと崩れていく。
――転ぶ、と思ったのに。
「最初はやり方が気に入らなかっただけ。あんな目で一華さんのこと見といて、安全ですって顔して……男相手だったら、一華さんが警戒して見せなかったところも全部、今まで見てきたんだからさ。でも、気持ちを知った一華さんが、あのままあいつを追いかけてたら、すぐ出ていくつもりだった」
待機しててたみたいに背中にあったもう片方の手に、ふわりと収まって。
上から降りてくる声が少しずつ近くなってくるのを感じて、まだ浮いたままの爪先をどこに着地させていいのか分からない。
「それって、俺にも望みがあるってこと……だよね。じゃあ、出ていかない」
望みって。その言い方って。
そんな、まさか、まさか――頭の中では必死に否定しているのに、驚きのあまり、俯いた顔を上げてしまった。
「ここに来た時点で、あの夜から俺、一華さんのこと気になってたけど」
クスッと。
思った以上に近かった唇が、耳に触れたかと錯覚するような囁き。
「それよりももっと、俺、一華さんのこと好きになってるかも」
かあっと赤くなってるんだと思う。
耳、瞼、頬。
でも、実くんはその場所をそっと指先で掠めるだけで、からかったりなんかしなかった。
「曖昧な言い方でごめん。嘘吐きたくなくて、言わなかったけど……一華さんがあいつを選ばなかったの見て、欲が出ちゃった」
今このタイミングで『好き』だと言われたら、その台詞のすべて、きっと信じられなかった。
「俺のこと、“すごく年下”じゃなくて、ちゃんと男として見てて。じゃなきゃ、この先危ないよ? 」
――これから、本気で口説くから。
優しかった瞳に、何かが熱く揺らいだ気がして。ただ、頷くしかできなかった。