死ぬ前にしたい1のコト


今、どんな顔をしているか自信ない。
それでも、腕が緩んだのも、勇気を出して見上げたユウの顔の方が悲しい顔をしてるのも分かる。


「ユウは悪者になるの下手だね」

「お前は、俺を悪者にしないの上手だね。それ、正直きつかったよ。でも……それでも側にいたかった」


完全に腕が解けた方が、顔を見れないなんて。
そんなのダメだって、もう一度ちゃんと見つめると苦笑して腕時計に目を走らせる。

あの時みたいだって。
そう思おうとしたけど無理で。


「先に出るね。この後、急に召集食らっちゃって。暇な先輩は、ゆっくりしてな」


髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した後、気づかなくてもおかしくないくらい、そっと整えてくれた。


「初めて会った時から、好きだったよ。バレた以上、あんな感じには戻れないかもしれないし……戻さないつもりでいく。でも、相談には乗るから。俺のこと以外はね」


いつ、出逢ったんだろう。
それはきっと、答えを出すのには必要ないのかもしれない。
そう思うのに、記憶の中を必死に探ろうとするのは逃げ、だよね。


「ご……っ、痛ぁぁぁっ……なぜにデコピン!? 」


『ごめん。もう少し待って』



そう言おうとしたのに、あまりの痛さに意識が飛びそう。
いや、飛んでたかも。
この部屋に入ってから起きた、甘くて痛くて切ないことなんて妄想だったかと思うほど痛い。


「待ってる。だから、今は“ごめん”って言うなよ」


会議室F。
あの時彼が探してた、あの部屋。
あの頃と何も変わらないようで、私は何も知らなかったんだ。


「……うん」


どうしてそう、分かっちゃうのかな。
そんなユウだから尚更、今までどんなに辛かっただろう。

『ごめん』はまだ言えないのなら、私にできることはしっかり見つめることだ。
目を逸らさないで、彼はやっぱり男の人で――どうしてか、ずっと好きでいてくれたってことを。

もう一度時間を確認して、いつかみたいに「やば」って言って。
細くドアを開けて軽く周囲を確めた後、ユウは急ぎ足で会議へと向かった。


「サガミユウヤ……」


フルネームで呼ぶと、別人みたい。
でもそれは、何も知らないでいた私の勝手な感じ方。


「……っ」


あと少ししてから部屋を出ようと思った矢先、バタバタと足音が近づいてきて息を飲む。
どうしよう、隠れ……るとこなんかないし、怪しいだけだ。


「……っ、イチ……!! 」


机の下に潜り込もうと屈んで、そう思い直した瞬間にドアが開いた。


「……なんだ、ユウか……。びっくりさせないでよ」

「なんだって……お前ね。襲われかけといて、そこで安心すんなよ。……っていうか、それ隠れてるつもり? あのさ、馬鹿? どんだけ馬鹿? 」


そっちこそ、対応が告白した相手にするものじゃないと思うんだけど。


「急に誰か走ってくるから、慌てたの! 何か忘れ物? 」

「……いや」


頭をぶつけないように這いつくばって出てくる私を冷たい目で見下ろしたのも、ほんの僅か。
その真剣で、焦れたようで困惑した表情に嫌な予感がする。


「しばらくここにいな。本当に暇でしょ」

「そりゃ、ユウに比べたら暇だけど。なに、いきな……」

「……あのゴミ」


遮った酷い比喩が、誰を指すかなんて。
考えなくても分かる、わかる、のに。


「……何か知らないけど、帰ってきてる。臨時の会議も、それかも」

「……そんな、何で……」


なんで、じゃない。
異動なんて、別に普通。
でも、だとしても。


「あれ? こんなところで何してるの。業務中に逢い引きなんて、やるね。お二人さん」


――この人には、起きてほしくなかった。


「……勘繰りも冗談も、今はセクハラって呼ばれるんですよ」


ひょいっと、まだドアの内側にいた私の方へ覗かせた顔は、相も変わらず大嫌いどころか虫酸が走る。


「ふぅん。そこまで言われちゃうなら、ついでにいい? 」


間に身体を滑り込ませたユウごと、二人にしか聞こえない囁き声が、耳を伝って私の全身を蝕もうとする。

――ねえ、相変わらず、処女?






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