死ぬ前にしたい1のコト
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あれは、ユウと出逢って――私が出逢ったと思ってた日から、少し経った頃。
あの人を好きなんだって、これが始めての恋なんだって、そう思ってた。
『……ねえ、先輩。本当に……本当の本当に、藤田主任のこと好き? 押されすぎて、勘違いしてない? 』
ユウは、何度もそう尋ねてくれたよね。
『好きだよ? 確かに強引なとこあるけど。私、新さんのこと、好きだと思う』
『思う、って。まだ、主任のこと、何も知らないんじゃないの。それどころか、自分の気持ちだって微妙だってことだろ』
そのとおり。
私は浮かれてた。
佐上くんみたいな可愛い後輩もできて、新作のアイシャドウの発案も任されそうで。
プレゼンは苦手だし緊張するけど、私には珍しく、それがワクワクというポジティブな興奮材料になっていて。
おまけに、かっこよくて仕事もできて、みんなの憧れの主任に告白されるだなんて。
20代半ば、アラサーという言葉が見えてきてやっと、恋愛だって上向いてきたんだと信じて疑わなかった。
『こんなこと、今までなかったからよく分からないだけ。でもね、合コンとかで知り合ったってそうじゃない? 好きから始まる恋愛ってこの世にそうそうないし』
『未経験のくせに、この世の恋愛語るなよ。恋愛音痴』
『ひどい……けど、仰るとおり。でもって言うか……だからね。試してみてもいいかなって思うんだ。新さんと一緒にいて楽しいし』
主任、って。
意識して呼ばなかった。
そう、だってね。
何もかもユウの言うとおり、私は馬鹿で馬鹿すぎるほどに浮かれて、何も考えられなかった――ううん。
本当はね、チラッとって言うのは大嘘なくらい、何度も何度も頭を過ったんだよ。
どうして、こんな素敵な人がいきなり私に「好きだ」なんて言うんだろって。
告白する前に、どうしてデートしたり、それどころか上司部下としてすら過ごした時間もそうなくて。
正直に言うなら、きっと、絶対。
他に痛い目にあった子の噂、どこかで耳にしてた。
なのに私は、こんな時だけ大馬鹿正直に真実を伝えてたんだ。
付き合うんだから、誠実に。
嘘吐いたって、どうせ後々バレるんだから――そんな「後々」が、彼氏彼女としての未来が見えてると信じて。
『えっ、まじで? 柳原さんって三十路だろ』
『まだ違うって言い張ってるけど。でも、そこじゃなくて』
『さすがに嘘だろ? あの歳でまだなんて。で、それどうしたん? 』
そんな大きいひそひそ話、初めて聞いた。
どっちかって言うと爆笑って感じの、どうにかニヤニヤで抑えてるって顔も。
『逃げるに決まってるだろー? もともと付き合うつもりもないのに』
『悪い主任だな』
『誰のせいだよ。悪趣味な罰ゲーム、やらせやがって』
社内の廊下。
お気に入りのアイシャドウが床に落ちて、プチプラっぽい軽いケースがパキッと折れる音だけ、耳に残ろうとする。
(……お気に入りだったのに)
自社商品を大好きなんて、恥ずかしいことだったかも。
この色が好きで、数色、疎らなラメが散りばめられてるのも、チープさ加減も最高に可愛いと思ってた。
『若い子に初めてとか言われたら、喜べるけどさ。ないって』
――このキラキラなglitter、やっぱり私には遅すぎたのかも。