死ぬ前にしたい1のコト
・・・
あの時はね、笑えてたよ。
にっこり笑って、ぎょっとする最低な奴らに「お疲れさまです」って言えたんだ。
「……テメェ」
「おっ……と。いいの? 男の声、出ちゃってるよ? へーえ、やっぱりそうだったんだな」
なのに、今のこれはなに?
ユウのことまで見下すように言われて、代わりに怒って、今にも下衆男に掴みかかろうとする彼をぼんやり見てるつもり?
――そうしてしまったら、私こそ正真正銘ダメになる。
「ユウ、ダメだよ。殴ったりしないで」
「……っ、けど……!! 」
その手を汚させたりしない。
立場だって、悪くさせたりしない。
「超絶底辺にいるクズに手を伸ばして、引っ張り上げてやったりしないで。それでユウが引きずり落とされるのなんて見たくない」
今まで散々守ってもらったよね。
だから、少しは守る番、くれなくちゃ。
(……先輩、でしょ)
「……かーっこいい」
寄った眉間の皺まで、睨んでやらなきゃ。
会議の参加者の列が迫ってきたのもあって、面白くなさそうにしながらも、ゴミでクズな男は無言で去っていった。
「ユウも行かなきゃ、また遅刻するよ? 」
後ろから、頭ぽんぼん好きなのかな。
今の彼は隣にいるのに、横から回した腕だって、私の頭なんか楽に包みこまれちゃいそう。――最初から、そう。
「ん。……後輩くんとしては、ときめくかも。でも、男としては悔しい。ちょっとは味わわせてくれない?」
――好きな子守る、ヒーローみたいなやつ。
「ち、ちこく」
「はいはい。何かあったら言えよ」
(……そっちこそ)
本社ビル勤務だったくせに、まさか戻ってくるなんて。
私はともかく、ユウにまで被害が及ぶことだけは避けなくちゃ。
「今度のコラボ企画のリーダー、かっこよくないですか? 」
「藤田さん? やめといた方がいいよ。女癖悪いって噂」
そんな声が聞こえてきて、慌てて身を潜める。
「若い子は知らないか。入社した時、既にいなかったもんね。あ、そうそう。あの柳原さんだって、遊ばれそうになったって」
「へー、意外。でも、よかったじゃないですか。途中で気づいて」
「それがさ、寧ろ藤田さんの方が逃げ……」
――ない。
もう、逃げたくない。
「お疲れさまです」
ほら、まだ言える。だいじょうぶ。
大丈夫、だけど。
やっぱり、まだ痛くて、ひどく苦しい。