死ぬ前にしたい1のコト
「おかえりなさいませ、ご主人様。ねえ、俺にする?それとも俺にする? 」
「……とりあえず、設定統一して選択肢増やそうか」
「えー? だって、俺の仕事って一華さんにご奉仕することでしょ」
笑いながら、さりげなくコートを肩から下ろしてくれた途端、あれからずっと重くのし掛かっていたものが一緒にすっと落ちてくれた。
「……違うよ? 」
家に帰って冗談聞くのが、いつの間にかこんなに癒しになってる。
そう答えたのは、自分への戒め。
私はご主人様でも、他の何でもないんだから。
「……そっか、残念。でもさ」
間が空いたのが、ちょっと怖い。
でも、何だか嬉しそうに言ってくれてすぐに安心した。
(あ……)
ご奉仕なんてものじゃない。
私はすごく、掬い上げてもらえてるんだ。
「嫌なことあったんでしょ。言わないの、俺には言えないから? 」
かなり年下の、意地悪で優しくて――しっかりした男の子に。
どん底に落ちようとするのを、こうやって手を握って支えてもらってる。
「嫌なの。あいつは知れて、側で一華さん助けてあげられるのに。俺は、おうちでいい子で待ってて、餌貰うだけなんて」
「エサなんて……! 」
「エサだよ。ご褒美じゃん。一華さんがまっすぐ帰ってきて、俺とこうしてくれるの。……俺、ずっと待ってるんだよ。仔犬みたいに、ドアの方見て。一華さんの部屋で、俺のとこ戻ってきてくれるの、待ってる」
もう、犯罪感じゃない。
これは明らかに、ただのものすごい罪悪感だ。
「わん」
ふざけてる。
でも、大真面目なの、伝わる。
「いい子にしてたのに、構ってくれないどころか他のやつ可愛がるのひどい。そんなご主人様だと、噛んじゃうよ? 」
どうして、そこなんだろう。
まさか、気づいてるはずもないのに。
偶然と言うには挙動不審になるのを抑えられないほど、びっくりした。
噛まれるじゃなく舐められたのが、その指だったこと。
「ほーら、話して。知りたいの。俺がいない時に、一華さんがどうしてたのか。俺が尻尾振ってる間にさ」
わたし、今日は泣いてないよ?
そうやって確めるみたいに、瞼に触れなくても。なのに、そんなふうに促されたら。
「……どこが仔犬? 」
どっちかというと、大型犬にマウント取られて脅迫されてる。
「あは。大事に飼ってもらえて成長しちゃった。ねえ、一華さん」
――もしかして、噛みつかれたいの?
嘘っぽい笑いとともに、唇を撫でながら催促される。
脅迫だ。脅迫にちがいない――あまりに、甘く優しい。