死ぬ前にしたい1のコト



街中は、この寒いのに賑わっている。
みんな、楽しそうだな、なんて、ちょっと前の私ならそれをぼうっと見ながら足早に帰宅してた。
冷たい空気とは逆に、どこかじんわり温かいものを感じてきた時。


(……あ……)


今、クスクス笑われた気がした。


(……やだな、私って)


どうして、こんな時だけ目も耳も良くなるんだろう。

「えー」とか「まさか」とか。
どんな会話でも使えそうな言葉なのに、実くんの隣にいる私を指すんだって確信してる。


「一華さん」


気づかれたくない。
何か言われてるってことも、それを聞いてしまったってことも。
普通にしなくちゃって思えば思うほど、絡み合っていたはずの指が逃げ道を探してる。
だって、私だけじゃなく、実くんが笑われるのは――。


「……っ、みのり、」


聞こえた声は、実くんのじゃなかった。
さっきの女の子二人組の小さな悲鳴、後ろを歩いていた男性が咳払いをして追い抜く足音。他にも、たくさん。


「……っや……」


――今、たくさんの人の前で、キス、されてる。


「その“や”は本当のいや? それとも、恥ずかしいってこと? 」


恥ずかしいに決まってる。
でも、それだけじゃない。
隣を歩いているだけで笑われるのに、こんな何かを証明するみたいな――。


「俺は恥ずかしくないよ。一華さんにキスできて、嬉しいしかない」


そんなこと、あるかな。
そう思ってしまったのを、きっとわざと違う受け取り方をして。


「……っていうのは嘘でー、嬉しいの次に込み上げてくるものはあるけど」


いつの間にか密着した、彼の胸を叩くしかなかった。そうしないと。


「でも、今はまだその嬉しいを味わっていたくなる。……そんなの、初めて」


泣きそうになる。
こうやって二人で立ち止まってるだけでも、往来の妨げになってるのに。


「言ったよね。責任とって、一華さん。一華さんだって、俺の初めて奪ったんだからね」


人差し指で持ち上げられ、親指で固定された顎はピクリとも動けない。
降りてきた唇は、言葉以下に意地悪でそれ以上に柔らかい。


「ん……ほら。このまま、周り見ない練習する? それか、早く帰って俺しか見ない練習するの、どっちがいい? ……っ()


今度は、さっきよりも強めに拳を下ろす。
それでも、そう痛くはなかったはずだけど。


「……行こ」


大袈裟に痛がって、またそんな喜びいっぱいの笑顔を浮かべてくれて。
ただ真っ赤になって、そんなことしか言えない私を急かすこともなく。
私に引っ張られて歩いてくれるのは、深く甘い、優しさ。




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