死ぬ前にしたい1のコト
・・・
あのキスの後、何かおかしい。
「………ただいま……? 」
今日は一分一秒でも早く帰宅して、今朝のことを実くんに伝えたかった。
エレベーターにすら「早く早く」と急かしながらドアを開けても、いつもの「おかえり」がやってこない。
「実くん……? 」
呼びかけて、しまった、と思う。
いや、別に何も悪いことなんかしてないのに。
ただ、シャワーの音が聞こえただけ。
そんなの、毎日耳にするただの日常生活音だ。
「あ、おかえり」
「……た、た」
「た」以外をどうやって言ったらいいの。
ガチャとバスルームのドアが開いたと思ったら、そこに裸同然の彼が普通に立ってるなんて。
「替え、持ってくるの忘れちゃった。ごめん、タオルもう一枚ちょうだい。予想外の使い方しちゃったからさ」
「う、うむ」
そうだね。
その使い方は予定してなかったよね。
それにしても、この時間にシャワー浴びてるの珍しいな私早く帰ってきすぎちゃったかもそうかも――……。
「そんなに緊張しなくても。ちゃんと隠してるじゃん。一華さんの方が裸だったみたいな反応」
「そ、そんな……」
まるで卒業証書授与。
ピンと腕を伸ばして、初めてちゃんと見る校長先生を前に俯いたって感じでタオルを渡すと、くるりとターン。
「早く見たいなー。俺はいつでもOKだから、ちゃんと言ってね? 」
でも、逃げれなかった。
後ろから、腕が肩や首に回ってきて、ゆっくり、確実に距離を縮められる。
「~~っ、な、た、」
え、タオル落ちないの、これ。
っていうか、もしかしてもしかしなくても当たっ……てるわけない。
そうじゃなくて、これは別の……別ってなに、ナニっていやっ、とにかく違うから……!!
「かっ、風邪引く……!! 」
「いいよ。……あ」
「あ……? っ……」
ぽたっと。
肩に雫が垂れて、身構えていない体をいきなり擽られたみたいにビクンとする。
「ごめん。俺は平気でも、一華さんが濡れちゃったね」
つと雫の跡をなぞる指は、ちっとも水を吸い取るつもりはないみたいに軽く撫で。
代わりに違うモノが押し当てられる。
「くすぐったい? ……でもごめん。もう一回」
髪を掻き分けられたのは、どうして。
そんなこと考えなくても先が読めたのに――そう思った次には濡れてもいない首筋に口づけられた。
「……一華さん、俺……」
「……っ、え、あ、」
(こうなったら……!! )
悩んでる暇も余裕も、そんな思考能力もなかった。
(……これしか……ない……!! )
さりげなく位置確認を行った後、えいっとばかりに、勇気を出して。
「っ、な、いちかさ……。何したいの!? え、したいの!?」
――引っ張ったタオルが、ひらりと落ちた。
「か、風邪引くってば!! ふ、服着てから聞く……!! じゃあ、そういうことで……!! 」
「丸出しにさせといてよく言うよ。……ああ、もう。くそ」
腕が緩んだ隙に、部屋に一目散。
赤く赤く、熱くなった耳じゃ、実くんの声をそれ以上拾えなかった。
「……逃がしちゃった」
そんな小さな呟きと、大きな溜め息も。