死ぬ前にしたい1のコト
その目をじっと見つめる余裕が、どうして未経験の私にあるんだろう。
もちろん、実くんがすることはどれも初めてで、甘く蕩けさせようとする触れ方すべて、私が勝てるものはひとつもない。
「……っ、一華さん」
真っ直ぐに見上げられて気まずかったのか、彼の顔が逃げるように首筋へと沈む。
うわごとのように名前を呼ばれるのも。
急いで引きずり込もうとする唇も、舌も。
それだけだったらきっと、私は簡単に堕ちたんだろうな。
「……実くん、ごめ」
「聞かない」
遮ると同時に、左手はいっそう絡んでベッドに荒く押しつけられたのに。
ボタンを捕まえた右手は、躊躇うかのように置かれたまま――。
「……実くん、痛いよ」
――震えてたから。
ごめんね。
他に、どんな嘘吐いていいのか分からないんだ。
ちっとも痛くなんかなくて、
苦しいくらい切なくて、愛しい。
その気持ちが恋なのか、すぐに答えられない自分が嫌になって、余計に先へと進んじゃいけないと思うの。
「……っ」
痛いなんて、そんな嘘に固まる優しい手に、今は。
そう、させられない。
「ごめんね。……答え、出させて」
「……どうして? あの夜と同じじゃん。誘ってるのが俺なだけで、一華さんは酔ってて……」
「違うよ」
――実くんを知っちゃったら。
経験なんてたくさんあって、慣れてるとも言えるはずなのに。
こんなふうに震えるなんて、どんなに大事にしてくれようとしてるんだろう。
そんな子――そんな、男の人だって知れたから。
「ちゃんと返事する」
「……あーあ。もっと早く襲ってたら、やれてたのかな」
溜め息とともに、オーバーなハンズアップ。
同じ「よいしょ……っと」っていう掛け声は、今度は本当に億劫そうだ。
「失敗しちゃった。でも、あの頃は、一華さんほどそれに意味を持たせられなくてさ。あー、でもな。勿体なかった」
ただのセックスじゃないって、うだうだしちゃうね。
そんなこと私が言ったら、実くんは笑うかな。
「……返事、待たせないようにする」
背中を支えて、そっと起こしてくれて。
それは何が何だか分からなかった押し倒された時よりも、身体のどこかがじんわりする。
「……ん……、ちょっと待って……!! 」
床に足を下ろそうとすると、後ろから回ってきた腕に少し荒く肩を連れ戻された。
「もう少し、こうさせて。とっくに限界きてんのに、こんなに辛いのに。その時がくるのが怖い。だから……ね、もうちょっとだけ……」
耳朶を囁き声が撫でていく。
今は耳のどこにも何も触れてないのに。
唇がすぐそこにあるって思うだけで、強請る声が甘いって耳奥が感じるだけで。
こんなにも、熱い。
「一華さんの意地悪。断っといて、何でそんな可愛い反応するかな。そんなに真っ赤になられたら、期待するよ? 」
ちゅ……と響いたのは、ただのキスじゃない。
耳を唇に挟まれ、噛まれたのかと勘違いするくらい、ゆっくりと離れていった。
「……んっ、や……」
「嫌? そんなの知らない。これで済ませてるんだから、大目に見て。それに、今のは嫌って声じゃなかった。さっきも思ったけど、一華さん、そんな声なんだ」
どっちが意地悪。
わ、私だってね、こんな声出せるんだって思ったり思わなかったりで……。
(……って、え、え、え……? )
「…………~~っ!! 」
それにびっくりして思わず振り返ると、実くんも同じように目を丸めて。
すぐに何のことだか思い当たったのか、ものすごく意地悪に目を細めた。
「……バレた? 当たり前じゃん。こっちはその気だったんだから。一華さんのこと大好きなオトコノコとしては、そりゃ……さ」
無意識に逃げた腰を、ぐっと引き戻される。
おかげで顔は見えなくなったけど、けど、けど、けど……!!
「……当たっちゃうよね……? 」
「……ない!! し、知らない!! 」
ふっと吐かれた息が、また耳を赤く染める。酔ってたのが嘘みたいどころか、アルコールなんて実くんに比べたら酔い覚ましだ。
「そう? じゃ、もっとこっちおいで。俺がどんなに頑張って頑張って、耐えてるのか分かるか」
「……いい!わか、分かったから……! 何て言うか、その、お気持ちありがとう……!! 」
腕の中でジタバタする私に、もう堪えきれないって感じで吹き出した実くんは、本当に優しい。
(……本当にありがとう)
――今度は冗談なんて言わせないように、答え、出すね。