死ぬ前にしたい1のコト


突き飛ばしてた。
そんな力があったのなら、どうして最初から出なかったんだろって思うくらい、強く。


「……っ、イチ!! 」


(泣くな、泣くな、泣くな……!! )


どう考えたって、私が泣けるところじゃない。
それどころか、逃げていいところでもないのに、あそこまで近づけるだけ近づけて力いっぱい押し返すなんて。

不安定に置かれてた湯のみが、床に落ちた落ちた音がした。
ユウの引き留める声は聞こえないふりをしたくせに、たったそれだけで足が止まろうとする。

ここまで来たくせに。
給湯室から飛び出して、走って逃げたくせに。
角を曲がって、ユウはもちろん給湯室が見えなくなってやっと息を吐いて、ぐいっと唇を拭う。


(……お茶……)


……は、もう遅いか。
謝りに行かなくちゃ。
覚悟を決めて執務室の方を見据えた途端、上司が向かい側から歩いてくるのが見えた。


「柳原さん」

「す、すみません……!! 」


異動願い出したからって、やる気がないと思われたかも。
そう思って、皮肉覚悟で頭を下げたのに。


「大丈夫? 」

「……え? 」


予想外の言葉に顔を上げると、皮肉どころか本当に心配そうに見つめられてた。


「お茶なら、佐上くんが持ってきてくれたよ。持ってくる途中で、ぶつかったんだって? 服結構濡れてたから、佐上くんが代わったって言ってたけど」


(……本当に、下手すぎるよ)


嘘も、悪者になるのも。
絶対に、そっちの方が下手くそ。


「大丈夫です。……本当は、大して濡れてないのに、佐上くんが気を遣ってくれて。その……彼の方こそ、遅れて叱られたりは」

「彼こそ、大丈夫でしょ。やっかまれやすいタイプだけど、先輩のおかげで残れてるって言ってたよ。その先輩こそ、後輩心配してる余裕ないんじゃないの」

「……ですね」


ユウが優秀なのは、もちろん実力。
私こそ、今の今、こんな時まで助けられてる。


「もし、新ライン作るとしたら」

「えっ? 」


しっかり聞こえたのに、聞き返したのは。
本当に私に向けて言われたのか、信じられなかったから。


「……楽しみにしてる」


それはつまり、つまり……。


(……試されるってこと)


企画書を出す、チャンス。
もしもダメだったら、直近での異動は難しいかも知れない。
でも、少なくとも受け取って、ざっとでも目を通してもらえる――。


「……はい」


――先輩のおかげ。

私がユウにしてあげたことなんて、いくら思い出そうとしてもこれと言って何も浮かんでこなかった。でも、だからこそ。


(……ユウ)


――私、決めたよ。



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