死ぬ前にしたい1のコト
帰宅して、「ただいま」を言う。
彼に聞こえてほしいのに、いつもより小さな声しか出なかった。
「みのりくん……? 」
返事はない。
また、シャワー浴びてるのかな。
「……だから、その話は……ったじゃないですか。僕は……つもりで、……いるわけじゃ」
電話中。
思わず息を潜めたのは、初めて聞く一人称のせいじゃなくて、声から苛立っているのが伝わるからだ。
どうしよう。
狭いマンション、リビングを通らないと部屋に行けない。
「実くん? 」
迷った末、少し音を立てながらもう一度呼んでみる。
「一華さ……っ、そういうことなので、失礼します」
半ば無理やり通話を終わらせた後、何かバタンと音がして。
「一華さん、おかえり。ごめん、お出迎えしなくて」
「ううん。何か、まずかった……? 」
開いたリビングのドア、実くんの肩越し。
テーブルの上にある、ノートPC。
「そんなことあるわけないじゃん。ここ、一華さんの部屋だよ」
さっきのは、やや乱暴にパソコンを閉じた音だ。
ということは、電話相手は仕事関係?
「ちょっと……クライアントと揉めてて。何度も断ってんのに、しつこくてさ」
「……そっか」
何か変だ。
機密情報かもしれないけど、それにしたってそんなに慌てて電話を切ることないのに。
それに、見られたくないとばかりに閉じられたパソコンも。
それが気にならないほど鈍くも強くもないし、引っ掛からなかったといえば嘘になる。
――でも。
「実くんに言わなきゃいけないことがある。……ユウにキスされた」
この気持ちとは別物。
「……っ、それで」
「拒んで、気づいた」
実くんのことを、何も知らないかもしれない。
それでも、短い間一緒に暮らして、触れてきた彼の全部が嘘や誤魔化しでできてるとは思えない――思いたくないって思うのは。
「実くんが好き。私と付き合ってくれますか……? 」
好きだからだ。
もう既に、「好き」が出来てしまっているから、たとえ、どこか不審な気がしても伝えてしまいたい。
もしも追及して出てきた答えが理不尽だったとしても、それで傷ついたとしても。
この気持ちが存在していることは変わらない。
「……ごめんね、一華さん。俺、“いいの? ”なんて聞かない。……キス、させてね」
――じゃなきゃ、嫉妬と嬉しいので頭おかしくなりそう。
実くんは「じゃなきゃ」、かもしれないけど。
私は、唇が重なる前から、きっとおかしくなってる。
耳を包まれて顎を上向きにされて――もしかしたら、実くんが一歩近づく前、ふと小さく笑う前――妙に色っぽく、一瞬視線が床に落ちた頃から。
呼吸もままならないのに繋がれて、苦しいなんて抗議が思いつかない。
そんな、訳が分からないほど、好き。