死ぬ前にしたい1のコト




翌日。出社した私に「おはよ」って言ってくれたユウは、まるで知らない男の人みたいだった。
なぜだか、その目はすごく眩しそうで、どこか遠くを見るような視線は、何だか少し距離が広がった感じがして。
ああ、でも。きっと、今までが近すぎたんだなって、寂しさを受け入れながら一日過ごした。

――ら。


「お疲れ。脱処女祝い、しとく? 」

「ぶっ……!! 」


気持ちの整理をつけたのか、終業後にはそんなことを言ってきた。


「な、もう……。一日、他人行儀だったくせに、ギャップありすぎ」

「イチのせいでしょ。俺を振ったのもイチ、そんな“やりました”な顔してんのもイチなんだから」

「そ、そんな顔してない……!! 」


してる!? いや、まさか。
そんなのバレるわけないじゃん。
そう思いながらも、ついきょろきょろする私に、ユウはいつもどおり「馬鹿」を言ってくれ。
前に戻ろうとしてくれてるのが、嬉しくて痛い。


「ま、どうせ、元気なわんこが待ってるんだろうけど? 一応、言ってみただけ」

「あ、実くんなら、今朝出てったよ」


やや雑に言って、オフィスを出ようとする背中を慌てて追う。
気まずいのか、エレベーターのボタンの押し方もちょっと荒い。


「……は? 出てった? 」

「うん。おうちに帰った」

「わざわざ、言い換えなくても分かるって。お前、今度は何やらかして……」


そこまで言って首を振ると、ちょうど来たエレベーターに誰もいないことを確かめ、先に乗るように促す。


「で、どういうこと? 」



・・・



『……一華さん。俺、出てくね』


あの後、散々いちゃいちゃごろごろして。
まだベッドいるままで言われ、やっぱりものすごくショックだった。


『このままじゃダメだなって。だって俺、ヒモじゃないもん。一華さんの彼氏、でしょ』

『ヒモだったこと、ないけどね』


笑えたかな。
だって私、今すごく大人げなくて我儘なこと考えてる。


『勘違いしないでね。距離置く為じゃないから。もっと一華さんに近づいて、くっつく為』

『え? 』


やっぱり。
そう言うみたいに苦笑して、気づかないうちにぎゅっと拳を握ってた手をそっと開かせる。



『仕事、くさってないで、まともな依頼受けれるように頑張る。で、落ち着いたら、いつか……じゃなくて。絶対近いうちに』


――もっと広い部屋で、一緒に暮らそ?


『別に、戻ったからってここに来なくなるわけじゃないし。一華さんだって、俺の部屋に遊びに来たらいいし。もちろん、泊まってってもいいよ? 』


最後のは、本気のことをからって言ったんだろうけど。


『……うん!! 』


私はほっとして嬉しくて、照れる余裕すらなかった。
そんな私に目を丸めて、実くんの方が照れたのか少し目を逸らして。


『こっち、ちょうだい』


恋人繋ぎした左手を取って、ゆっくりキスしてくれた。


『時間が貴重なの、俺も一緒。待たせたくないし、待ちたくない。……好きだよ』


――左手の薬指に、印を押すみたいに。


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