死ぬ前にしたい1のコト
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「好きだって自覚して、ヒモ辞めたかったわけだ、あのわんこ」
「だから、最初からヒモなんかじゃなかったの! わんこでもないし」
エレベーターを降りて、エントランスの自動ドアが開くと、ユウの顔の意地悪度が増した。
「へーえ? じゃ、あそこにお座りしてるのはなに」
「おすわ……っ、え? 」
指差した先、目と鼻の先にある公園のところ、花壇の煉瓦に座ってつまらなそうにしてるのは。
「いーち、か」
目が合ったとたん、顔がぱあっと明るくなったのも。
絶対わざと、「さん」を省いたのも。
「実くん……!? ごめん、寒かったで……」
いつからいたのかな。
今ほんのすぐそこの距離を駆けつけたって、彼が温まるわけじゃないのに。
それでも急いで側に寄ろうとする身体を、後ろからくんっと引かれた。
「あのさ、イチ。俺、諦めたとか一言も言ってないからね? 」
油断していた耳元で囁かれ、目をひん剥くとにっこり笑ってパッと手を離す。
反動でふらついたところを、逆に寄ってくれていた実くんが抱き留めてくれた。
「……何言ったの」
「“あのさ、イチ。俺、諦めたとか一言も言ってないからね”」
「正確にリピートせんでいい! 」
ぎゅーって言葉が、これ以上ないくらいぴったりの抱きしめ方。
何だかぬいぐるみにでもなった気分だけど、もちろん嫌じゃない。
「しつこ。昨夜俺のになったって分かってて、まだ来んの。……って、あ。ユウさんと話してるのに、こっちが真っ赤になってるの可愛い」
頬を突いた指先が冷たくて、反射的に目を瞑ると、「ごめん」って離れていっちゃうのが寂しい。
「帰ろ。今日は俺の部屋にする? 別に何もないけど、見たくない? 」
「……見たい」
興味あるに決まってる。
素直な私に笑って、いつの間にか繋いだ手を引く。
「元気な。体力ないイチがついていける? 」
「うっ、うるさいな!! 」
確かに体力ない。若くない。へろへろ。
「ほら、構わないの。ユウさん、反応してほしくて意地悪言ってんだから。乗らなーい」
でも、すき。
大好き。
実くんへの気持ちは、今の私だからこそこんなにも純粋で、経験すればするほどどんどん大きくなっていくんだと思う。
「じゃ、お疲れ。って、今から更に疲れるんだっけ? 腰やって会社に来れない、とか言うなよ。せっかく企画通す為に頑張ってんだから」
「い、言わないよ……! 」
そうだった。
プレゼンに支障ないようにせねば。
立てないとかしゃれにならな――。
「……なーに、その目。あんまりしないでね、ってこと? てか」
――あれ。する気だったんだ……?
「期待されちゃった。俺は、さすがに今日は無理させたくないなって思ってたのに」
くくって笑うその口は意地悪で、自分が冷えているのを気にして、遠慮がちな手は優しい。
「みのりくん」
「ん? 」
ね、ほら。
今、またひとつ叶おうとしてる。
「彼氏の家にいく」
「そんなの、いくらでも叶うじゃん。あ、ならさ、俺のリストもチェックして」
――初めて、好きになった人からのキス。
「…………い、いま? 」
「今。早くした方がいいよー? 俺もう屈んでるから、周りにバレバレだし」
キス待ちもろバレな体勢に、通り過ぎる人がそわそわしてる。実くんが可愛いから尚更だ。
「~~っ……」
渋々、やけくそは、結構な演技だ。
本当は、羞恥よりもドキドキの方が圧倒的勝利。
「……ん……。ありがと。ね、一華さん」
道路を垂直に見下ろしながら、実くんを引っ張ってずんずん進む私に、上から甘いくすっが降ってくる。
「これからも、二人で実現してこうね」
「……うん」
死ぬ前にしたいこと、まだまだ叶えていける。
「とりあえずー、家帰ったらもっとオトナのキスがいい。頑張ってね? 」
「………初心者には無理です」
「教えたじゃない。昨日いっぱい。っていうか、夜はできてた……」
「そ、そういう話は、か、帰ってから……!! 」
――きっと、すごい……たくさん。
【死ぬ前にしたい1のコト・おわり】