【完】震える鼓動はキミの指先に…。
少しだけ遠避ける距離 Side:真弦
ちり
焼けるのは、心か脳みそか。
それとも、ギリギリで抑えてる理性の方か。
須賀と神谷が戯れているのを見るだけで、柄にもなく動揺をする俺。
須賀の、神谷を見る視線はさながらお姫様を守るナイトだ。
優しく、時に強く。
そんな須賀に対して、鈍感な神谷は「好きでいてくれない」なんて、しゅんとする。
そこに、つけ込むようにして横入りした自分。
実に大人気ない。
分かってる。
だけど、欲しいもんは欲しいんだよ。
それが手に入らないと、最初から分かっていても、悪足掻きをしたいと思うのは、それだけ本気だってことだろう?
神谷はあんなんだ。
須賀に向けての気持ちに疑問を持つ時もあるだろう。
そういう時こそ、傍でなんかしらの温もりがあった方がいい…そう思うことは、俺の思い上がりなんだろうか?
いんや、違うね。
そこまで思考を繋いで、俺はくくっと小さく笑う。
「押してだめなら引いてみろ、ねぇ?それは、あいつにゃきかねぇだろうよ」
ただ、問題は…。
「石井先生、また何か悪企みしてますね?」
なーんて、自然と俺の心の内を察知して、近寄ってくる、志田の存在。
「なーんだよ、志田ー?俺そんなに悪い大人じゃないつもりだけど?」
「そんなこと言って、さっきから悪ーい笑み零してたのは誰ですか…」
本当によく見てるよな、なんて関心してる場合じゃなく…。
なんだって、こいつは俺なんかがいいのかねぇ?
や、俺は自他共に認めるくらいいい男だけどな。
昔から、その辺で困ったことはないし、強いて言えば人のことをモノみたいに所有したがる、女に挟まれた時くらいなもん、か。
勿論、俺の沽券に関わることだから、ひとこと添えておくが二股三股なんつーことは、一度もしなことはねぇ。
ただ、不自由しなかったってだけ。
その女達だって、俺の顔が好きなだけだったんだろうし…。
って、こういう話は、自分で考えてるとなんか虚しいもんだな…。
「…先生の百面相って貴重…」
「うるせぇよ、志田ー。お前何が言いたいの?」
「んー…渡したい物があって」
「はー?何?」
テストとか課題なんざ出してねえよなぁ?なんて考えていると、志田が差し出してきたのは少しばかりくたりとした使用感のある、一冊のノートだった。
「あ?」
「特別講義、してくれませんか?」
「あのなぁー?志田ちゃん?こういうのは、困っ…」
「小桜はいいのに?」
「………」
そのノートを持つ手は、しっかりと掴んでいるけれど、小さく震えていて何故か保護欲を掻き立てられる。
けれど、俺は小さく頭を振って、その本人が思っている以上に勇気がいったであろう申し出を断る。
「志田は、俺がいなくてもちゃんと出来てんだろ?そんなら、特別講義なんつーもんは必要ねぇよ」
ぽん
そう言って、頭を一つ撫ぜてやると、今までしっかりと俺の方に向かっていた視線が床に落ちた。
ヤバい、泣かせたか?
そう思ったのも束の間。
志田は、ふっと俺の顔を見上げて微笑んだ。
「…分かりました。すみません。忙しい時に」
その微笑みが、何を意味するかは一目瞭然。
志田は、一歩二歩と後退り、ぺこりとゆっくり頭を下げると俺にそのまま背を向けて走り出して行った。
ちったぁ、やり過ぎたか。
けど。
イエス、ノーはこういう時、きちんと言わないと相手をだめにすると分かっているから…。
「あー…教師ってめんどくせーなぁー…」
そう独りごちて、両腕を上に組んで伸びをした。