【完】震える鼓動はキミの指先に…。
暫く、様子見だな、こりゃ。
須賀は俺の"引き"の行動を訝しげに思うだろう。
あれだけ、本気でぶつけて神谷に近づいていたのだから。
でも…。
このままじゃ、志田と神谷の仲に不穏な空気が流れるかもしれない。
それか、志田がだめになるかもしれない。
それじゃ、いけない。
そう、本能的に感じた。
勿論、教師としても一人の男としても、だ。
危ない橋を渡ることは、昔っから慣れてはいるが、それにこいつらを巻き込むわけにはいかなかった。
大人の恋愛事情を舐めんなっつーの。
これでも色んなこと考えて四半世紀ちょい生きてんだよ。
傷付くのは、この場合俺だけでいい。
とにかく、こいつらが何かと思いつめて、どうにかなる問題じゃない。
「あー…めんどくせー…」
「あんたはなんでもめんどくせー…でしょーが」
授業終わりに廊下を怠い思いで歩いていると、隣にふわりと良い匂いを纏わせたやつが、唐突にそう突っ込んでくる。
「うぉ。なんだよー…紗弥加。驚かすなよな」
「丹下先生、でしょ?此処は学校。一応教師なんだから、ファーストネームで呼ぶのはやめて」
「…ちっ。はいはい。で?丹下"先生"?何よ?俺様になんか用か?」
英語教師の丹下紗弥加は、同僚であり奇しくも俺の腐れ縁の幼馴染だ。
「用なんてないわよ。辛気臭い顔で廊下の真ん中闊歩されちゃ、邪魔だっていうのよ」
ファイルを右の腰当て、もう片方の手で小ぶりのピアスを弄りながら、さらりと毒を吐く紗弥加にもう一度、小さく舌打ちをする。
「悪かったな、辛気臭くて」
「あら、随分と素直じゃないの。なぁに?熱でもあるわけ?」
ぴと…
いきなり、額に手を当てられぴくり、と体が揺れる。
それが、思った以上に冷たかったからだ。
「〜っ!おまっ、冷てーよ!」
「そう?ふふっ。じゃあ心が温かい証拠ね」
「はぁ?んなわきゃねぇーだろーが!」
「そうそう。石井"先生"は、そうでなくっちゃ。じゃあ、私はこれで」
…ふわり
なんか、いつの間にか大人になったよな、あいつ。
昔は、その辺の男子も蹴散らすほど男らしくて、喧嘩なんか吹っ掛けたら、こっちがたちまち負けてしまうくらいの、じゃじゃ馬だったのに。
今じゃ、男子生徒だけでなく学校中の男を虜にして、その人気は女子の憧れの的でもある。
「はっ。あいつなりの激励か…」
俺は、ぐんっと背を伸ばしてから、紗弥加が先に入って行った教員室を目指し、ふあぁと欠伸を一つしながら、いまいち冴えない頭をがしがし掻いて、歩き出した…。