【完】震える鼓動はキミの指先に…。
私の恋しい人とは、言わずもな。
俺様なのに、面倒見が良くて、生徒から絶大な人気のある現国教師の石井真弦(いしいみつる)。
皆からは「石井ちゃん」なんて親しみを持って呼ばれていて、それを「ちゃんと先生と呼べ」なんて言うくせに、どこか少年のように不敵に笑う人なんだ。
ね…?
先生と生徒、だなんて…。
不毛でしょう?
それだけならまだしも。
好きだからこそ、分かること。
先生は、私の親友の小桜ことが好きだ。
これは、私の直感。
だけど、揺るがない真実。
だって、見てしまった。
長い渡り廊下の端っこに肩肘を付いて、蕩けそうなくらい柔らかな笑みで、小桜の影を追っている、彼を…。
そして、何かと小桜を構う彼の甘い態度を感じる度に、日毎溜息は深く深く沈んで…暗い場所まで堕ちていく…。
「はー…」
「なーんで、そんなにあやっちは溜息ばっかかなー?」
そのまま昼休みになって、仲の良い女子同士でお弁当を食べようと誘われたのを、やんわり断ると私はふらふらと旧校舎の屋上に出た。
馬鹿みたいに、真っ青な空を屋上から見つめて溜息を吐いていると、ふと横に真っ赤なパーカーを着込んだ、成宮翔太(なるみやしょうた)が隣に立つ。
その問い掛けには答えず、短い言葉を返す。
「校則違反…」
「えー?似合ってるっしょ?」
「………」
「あー。今心ん中で溜息吐いたでしょ?」
この成宮翔太という男は、校内でも1、2を争うくらいのモテ男子。
多分、未来と並ぶくらいな程に。
ミステリアスな雰囲気を醸し出し、ひょうひょうとしていて、何を考えてるのか全く分からない。
そこが女子に人気らしい。
でも、そんな性格なのに何処か穏やかで優しくて、何故か比較的やんちゃグループに所属していて、気付くと明るく周りを包み込む、ムードメーカー的存在という…なんとも捉えどころのない男。
顔は…んー。
確か今年の顔にもなった若手俳優似で、私の第一印象は、
「え?うちの学校って芸能コースなんかあったっけ?」
だった。
学年イチ高身長なのは、本人曰く「毎日1リットルは飲んでる牛乳効果〜」なんて、言うけれど。
本当は知ってる。
これは私だけかなとは思うけど…。
みんなには内緒で、所属してるバレー部の基礎練を頑張っていることを…。
「…はぁー…、」
「あやっち、溜息が重いよ?」
ほい、と目の前に出されたパックのレモンティー。
一瞬受け取るかどうしようか悩むと、にっこり満面の笑みを向けて来た彼に、手の中に問答無用で渡された。
「寒いとこ、冷たいのでごめんよ〜。…まぁさ、色々あるんだろーけど。あんま溜め込むとしんどいと思うから。何時でもオレ使ってよ」
「…ありがと…」
私はきゅうーっと、渡されたパックのレモンティーを握り締めて、こくり、と頭を下げた。
好きな人には想いが伝わらないのに…必死で隠してるはずの気持ちが、何故か彼には伝わっているようだ。
何なんだろう、もう。
こんなのは、どうも私らしくない。