【完】震える鼓動はキミの指先に…。
第五章【小さくて確かな約束】
キミの温もり Side:綾乃
好きという想いに、ただ溺れていただけなのか…。
あの日、先生と小桜が一緒にいたワンシーンを見てから、私の心はまるで空洞にでもなったかのようだった。
その現れに、未来が心配してくれても空返事になっていたし、小桜に対しては少しだけ距離を置いてしまってた。
そして…。
「志田、ちょっといいかぁー?」
「…成績などの個人的な用事じゃなければ、他の人にして下さい」
と、彼への対応には自分でも嫌になるくらい顕著だった。
もう、誰も信用出来ない。
もう、どうでもいい…。
今の私にとって……信じられるのは、たった一つ。
自分のことを一番に想ってくれる人だけだった。
それは………翔太の存在。
翔太は私のことを労るようにして傍にいてくれるけど、絶対に余計なことは何も言わない。
翔太だけは、私のささくれ立った心に触れることもなく、ただそっと傍にいてくれた……。
……。
もうどうでもいい、なんて本当は嘘だ。
好きなんて気持ちがなんなのかなんて、まだ私には分からないけれど…。
いつの間にか、私の中で育っていくのは、彼への憎しみではなく…翔太への信頼で…。
こんな風に言うと矛盾が生じるけれど、少しずつ少しずつ翔太の優しさに傾いている自分がいて、そのことに、ちょっとだけ…どうしていいのか分からず悩んでいた。
そんな時に、声を掛けられた。
「あーやっち!あのさ…あのさ…」
「ん?なぁに?」
こてん
小首を傾げて、机の上から降ってきた声に応えると、少しだけ顔を赤くした翔太が、すがるように甘えた声でこうお願いをしてくる。
「あの……今度の試合、…その、応援しに来てくれる?」
そうだった。
今度の試合は、翔太にとっては大学でのステップアップのための大切な試合。
だったら、頼まれなくてもいかなくては…と実は思ってた。
「うん、いいよ?…で…あ、の…」
「…ん?」
「…がいい?」
「んん…?」
恥ずかしくて小さくなる声。
それにつられて、なになに?と近くなる翔太との距離。
「お、お弁当のおかず!何が、いい?!」
「…………」
「あ、ごめん!やっぱり、なんでもなっ」
「甘い卵焼きと、タコさんウィンナーはマスト!でも、あやっちの手作りならなんでもいい〜」
ふにゃり
あ…この顔好き…。
って、私何考えてんの…っ。
「わ、分かった、分かったから、そんなに嬉しそうにしないで、は、恥ずかしい…っ!そんなに大したもの作れないのにっ!」
「えー!なんでなんで?あやっちのお弁当食べられるなんて夢にも思ってなかったから、滅茶苦茶嬉しいんだよ〜?」
んね?
と、目線を私に合わせてくる翔太は知らない。
その一つ一つの行動に、私の心はドキドキと揺さぶられていることに…。
翔太の優しさに甘えてしまっていることに…。