【完】震える鼓動はキミの指先に…。
見つめるだけの日々 Side:翔太
あやっち、今日も溜息ばっかだなー…。
あの可愛い顔には、全然似合わないのにな、なんてそう思う。
いつからだろうか。
この志田絢乃という女の子を目で追うようになったのは。
それは、多分…あの日。
夏の香りの残る去年の9月の末辺り。
長い渡り廊下の端の方で、スカートにシワが出来るのも気にせず、ぎゅうっと拳を握って泣きそうな顔をしていた、彼女。
そして少しだけ俯いた瞬間見えた、綺麗なつむじに何故かどきん、と胸がざわついた。
「気が強い子って思ってたのにな…」
ぼそり、呟いた途端に後ろからバレーボールの練習用の、ちょっと柔らかめなボールが後頭部に、ぽこんと当って後ろを見やる。
「げ。丹下ちゃん」
「げ、じゃないわよ。あんた試合近いの分かってんの?負けたら顧問のあたしが責められるんだからね?」
丹下ちゃんとは、丹下沙弥香(たんげさやか)と言って、俺達のクラスの英語を担当する先生だ。
プロポーションがよくて、顔も綺麗で、英語を喋るその声はちょっとハスキーなセクシーボイス。
男子からの人気どころか、女子の憧れの的。
そんな存在だけど、俺としては……怖いかなぁ。
大体、年上の人にあんまり興味ないし。
こんなに完璧な人が、傍にいるとなんかじんましん出そうになる…。
本人に行ったら、4キロ5周走ってこいなーんて、滅茶苦茶鬼畜なこと言われそうだから、口が裂けても言わないけど。
「…痛い」
「今更か。成宮、あんたはバレー部エースなんだからね。しっかりしてちょーだい」
「はーい」
それだけの会話をすると、気が済んだのか丹下ちゃんはそれ以上何も言わずに、くるりん、と背を向けて行ってしまう。
それを見届けてから、オレはそっと振り返ってみるけれど、そこにはもう彼女の姿はなかった。
「なんか…ちょっとややこしいことになりそう」
そう溜息をついて、オレはかしかしと髪を掻きながら、その長い渡り廊下を彼女の消えた方に歩き出した。