【完】震える鼓動はキミの指先に…。
「さ、じゃあ、あやっち!帰ろー帰ろー!」
驚くくらいのスピードで体育館から戻って来た翔太は、私の隣にぴたりとくっ付いて歩き出す。
「ねぇー!距離!近いってば!」
「だってー…こんなに暗いからさ!近くにいないと危ないでしょー?」
「屁理屈!」
「へへ」
悪びれもせず、翔太は笑って私との距離を保ったまま、歩き出す。
私はそれにつられるようにして、横を歩いた。
風さえも、二人の間を通らないくらい、まるで社交ダンスをするような軽快なリズムで、二人ゆっくりと歩く。
それが心地良くて、かなりテンションが高めの私。
横では何かの洋楽を口ずさんでいる、翔太。
その横は、凄く楽しそうで私より楽しくなる。
すると、翔太がおもむろに私に問い掛けて来た。
「ね、あやっちー?今日どっか寄るの?」
「……パー…」
「はーい?」
「…、翔太耳悪いの?…スーパーだって!スーパー!」
「わー!明日のお弁当の?!嬉し〜!じゃあさ、じゃあさ、一緒に買い物しよ?」
「はっ?!てか、翔太!私の言ったことスルーなの?!あのさ、買い物は…」
「ふふっふーん」
「聞けっての!」
「なーんか、新婚さんみたいだねー!」
「…っ、ばか!」
そんなこんなで、ぎゃあぎゃあ言い合いながら、着いたスーパー。
カゴを持とうとすると、ひょいっと奪われてしまい、翔太は自分の好きなものを次々と言い出す。
「ミートボールでしょー?アスパラベーコン巻きでしょー?甘い卵焼きでしょー?タコさんウィンナーでしょー?えーと…」
「唐揚げに、人参のグラッセ?」
「え…?なんで分かんの?」
「ん?なんとなく?」
実は、ここの所翔太のことを観察してて…。
隆史くんや、周りの人にもそれとなく話を聞いていたんだ…。
これは絶対に翔太には内緒にして欲しいと念には念を入れて、頭を何度も下げると隆史くんたちはそれに快諾してくれて、更には「仕掛け人として、協力するよ」とまで言ってもらって、それでなんとかここまで来てる。
だから、なるべく不自然にならないように、そう告げると疑問符をいくつか頭の上に並べている翔太を横目に、リクエストされた品物を手に取り、カゴへと放り込んだ。
「あやっちって、自炊派?」
「んー…お弁当作ったり、偶に夕飯作ったり…?でも一番得意なのはお菓子作りかなー?」
「えー!お菓子も作れんの?!」
「……ぷっ。何その期待全開顔。…まぁ、クッキーとかスコーンとか、マフィンくらいの簡単なやつなら、今度は作ってあげるよ…」
「…まじか…」
「いらないならあげない」
「あやっちの作ってくれるものなら、焦げたパンでも欲しいっ!」
目を輝かせて、カゴを持っていない方の手で、私の手をきゅーっと掴むと、その勢いで私と翔太の距離がもっともっと近付いて…。
仕方がないから、お菓子の材料もカゴへと入れて、レジへと向かった。
それから、意地でも今日は家の前まで送って行くという翔太に根負けして、一緒にてくてくと他愛もない会話をしつつ歩くこと、20分くらい。
「ここ?」
「そ。なんか…荷物持ちばっかさせてんね?ごめんね?」
大きな買い物袋を、軽々と持って私の家まで来てくれた翔太に、私は、
「家の鍵を開けるから、ちょっと待っててね」
と言って、ちゃりん、と音を立ててポケットからふくろうさんの付いたキーホルダーを出すと、心底嬉しそうに、
「オレも家の鍵とか付けてる!一緒だね〜」
なんて言う。
本当に本当に、私の知っている翔太は、周りの思っているような翔太じゃない、と思いながらその考えに苦笑して、
「そだねー」
と返した。
今、一番のパワーと勇気をくれるのが…この、翔太とお揃いのキーホルダーなんだよ、なんて言ったら、翔太は喜んでくれるかな…。
「うんと…荷物持ちさせたお詫びというか…お茶でもしてく……?」
「…えっ?!や、あの…そ、れは…、ごめん!今回は止めとく!!って、二回目があるかは分かんないけども!」
眉を八の字に下げてそう答えた翔太に、少しだけ落胆しながらも、明日は大切な試合だということを思い出して、私はにっこりと翔太に微笑んだ。
「りょーかい。じゃあ…んと…明日の試合、頑張ってね?」
「うん!めっちゃ気合い入れるから、愛情たっぷりのお弁当ちょーだいね!」
そんな約束の延長をして、「じゃあ!」と背中を向けた翔太に、「頑張れ」と小さく呟いた。