はるか【完】
短時間で終わる期間も、あと一日で終わる。
その残り一日の日も、放課後校門で待っていてもやっぱり良くんはいなくて、「朝はいたけどね」と、校門前で待っていたらそれを教えてくれた裕太に、顔が下を向く。
私の手にはまだ、良くんの学ランとパーカーが入ったクリーニング袋がある。
土日を挟み、次の週の月曜日。
その日は朝から雨が降っていた。
傘をさしながら、朝の7時から良くんを西高の最寄り駅で待った。
8時頃、良くんは駅から出てきた。
雰囲気でわかる。
良くんは私に気づいてる。
それなのに黒色の傘をさした良くんは、私に見向きもしないで歩き出そうとするから。
「良くん!」
呼び止めたけど、雨の音で邪魔をされた訳でもないのに、良くんはやっぱり足を止めなかった。
案の定というか、当然というか。
次の日の朝、良くんを待っていても駅から良くんは出てこなくて。
それでもその週の金曜日まで、ずっと朝から良くんを待った。学校へギリギリ遅刻しないすむむ時間まで。
「高島、学校には来てるみたいよ?」
潤くんに聞いた莉子が、そう教えてくれて。
「服くらい、受け取ってくれてもいいじゃん…」としぶしぶな莉子に、「もうたまり場の前で待てば?」と言う莉子に顔をふる。
「さすがにそれは…」
「裕太くんのことがあるから?」
「…メンバーの女以外、ダメだし…」
「つかさ?あんまり雰囲気良くないよ」
「たまり場?」
「向こう、高島が裕太くんの女をとったって、感じだもん。まあ裕太くんは否定してるけどね。別れてるから何してもいいし関係ないって」
「そう…」
「よく聞くよ、向こうで、私も聞かれるし」
「何を?」
「なんで高島?って」
〝なんで高島?〟
「あんたらよりかっこいいからでしょ、って、返事したけどね」
ゴールデンウィークに入った。
もちろん学校がない朝は待ち伏せしても仕方ないし、待っているだけ…と思ったけど。
もしかしたらって思う私は、ずっと西高の最寄りで待っていた。
朝から夜まで。
まるでストーカー。
駅員たちにはまたいる…って言われるかもしれないほど。自分のカバンとクリーニング袋を持っている私はどう見てもおかしく。
ゴールインウィーク最終日、朝から待っていた夕方辺りから雨が降ってきて。
駅の中で傘が無い私は、もしかしたら来るかもしれない良くん待っていた。
雨が体に当たらない距離で、駅の中にいる私は、今日はもう帰って明日の朝に来ようと思っていた。
そんな、薄暗い空を見ていた時、
「──…いい加減にしろよ」
と、黒い傘をさし、西高がある方から良くんが歩いてきたのは。パーカーでもなく半袖でもなく、7分袖のTシャツに、黒色のデニムをはいている良くんは、怖い顔をしながら私を見ていた。
「それ、いらねぇって言ったよな?」
持っているクリーニング袋の事を言っているらしい良くんに、嬉しい私は、「パーカーは、いらないって言われてない」と、少しだけ震えた声で呟いた。
雨の近くにいたからか、意外にも、体が冷えていたらしい。
雨だからかあまり人もいなく。
私がここで待っていることを知っていた顔つきをする良くんは、「…言い訳してんじゃねぇよ」と冷たく言う。
「会いたかったの」
「いい加減にしろ」
「…会いたかった」
「お前はねぇって言ったよな」
「良くんといると危ないから? でも、裕太と付き合ってても襲われた。チームの人と付き合う以上それは変わらない…」
「…」
「裕太と付き合ってたから? でも、裕太とは…もう、…私…」
「帰れ」
「良くんに好きな人がいるから? でも、その人とはどうにもならないんでしょ…」
「帰れ」
「わかる、私も、好きな人がいる限り他の人に本気になれないことは…。でも、良くんのその人は付き合ってる、良くんは付き合ってないっ…私とは違う…」
「殴るぞ」
「なんで、無視するの、…無視しないで…」
「…マジでいい加減にしろよ…」
雨の濡れない所まで入ってきた良くんは、傘を畳むと、そのまま傘を放り私に手を伸ばしてきた。
そして私の胸ぐらを掴むと、上から鋭い目つきで見下ろしてくる。
「…折れてなかった…」
「あ?」
綺麗でサラサラとした良くんの髪は、雨の湿気でもごわついていなく。
「鼻…、中の血管が破れてたみたいで、出血は多かったけど…それほど腫れてもなくて…」
「ンなもん聞いてねぇよ」
「私が勝手に話してるだけ…」
「帰れ」
「帰るから、また会ってくれる?」
「遥」
「会いたいの」
「…なんで自分のしてる事分かってねぇ?」
「良くんに会えるならなんだっていい」
「また、廻されるぞ」
「会いに来てもいい?」
下から泣きそうになりながら見つめれば、良くんがゆっくりと、胸ぐらから手を離した。
「来んな」
「やだ…」
「来るな」
「良くんが好きだから、もっと会いたい」
視線が重なり合う。
私を見つめる良くんは、「…来んな」ともう一度言った後、「……電話、出るから。待ち伏せはするな」と呆れたように呟き。
「お前まで〝嫌われる〟必要ない」と、地面に落ちた傘を拾いあげると、私の手からクリーニング袋をとり、その手に良くんの黒い傘を渡してきた。
嫌われる必要…。
変な雰囲気の、たまり場…。
「良くんが、私を嫌ってないなら、それだけで十分だよ…」
「…嫌いだけどな」
「ケガの心配してくれるのに?」
「…もう終わりだ、帰れ」
「夜電話してもいい?」
「…」
「絶対、出てね?」
「…」
「出ないと、待ち伏せするから…」
「…気づいたらな」
気づいたら電話に出てくれるらしい良くんは、私から視線をそらすと、定期のようなものを取り出し改札の中に入っていく。
良くんの背中を見送った後、私は自分の手元を見た。そこにはさっきまで良くんが使ってた黒い傘があり。
傘を持っていない私に気づいたらしい良くんが、こうしてなにも言わず私に傘を預けてきた。
良くん自身は濡れてもいいのか。
貸すや、あげるなどは言われてないけど、私に使わせるために傘を預けた良くんの背中からは優しさが感じられ。
やっぱり彼が好きだと思った。
その日の夜、良くんに電話をかけた。
私の電話に気づいたらしい良くんに、「傘、ありがとう」と呟けば。『…ああ』と言われる。
電話越しの良くんの声は、さっきと比べ少し…ほんの少しだけ柔らかく感じた。
「いつ返せばいい?」
『返さなくていい』
「返しに行く…」
『捨てろ』
「じゃあ、朝、駅で待ってる…」
『…聞こえねぇのかよ』
「だったらなんで傘を私に貸してくれたの…」
『用、それだけか』
「良くん」
『忙しいから切るぞ』
「好き…」
プツリと切れた通話、最後の言葉は良くんに聞こえていたか分からない。
次の日の朝、駅で良くんに会えた。
良くんは私に気づいてる。だけど私をいないことにする良くんは、視界にも入れず西高の方に歩き出す。
今日は晴れ。どう考えてもこんな曇りひとつない天気の日に傘を持っている私はおかしく、学校にいけば「クリーニングの袋から傘になってる」と呆れたように笑われた。
言わなくても良くんの傘だと勘づいているらしい莉子は、「どうなの?会えたの?」と聞いてきて。
「やばいかも…」
「何が」
「これストーカーだよね…完全に」
「今さら?」
ふっ、と、笑った莉子は、「でも傘貸してくれるぐらい遥に気があるってことでしょ」と、ポジティブな言葉をくれ。
「高島さ、今までずっとあんな感じだったんでしょ?」
「あんな感じ?」
「一匹狼…的な? 人に好き好き言われんの慣れてないっぽいし、照れてるのかもよ」
そういえば、好きと言われることに慣れてない、と言っていたような気がして。
でも照れているかよりは、どちらかと言うと呆れている良くん。苛立って…。
「もっと言ってもいいと思う?」
「いいんじゃない?──…ってかさ、高島って、彼女とかいたの?」
「え?」
「今はいないけど昔は…とか」
良くん…。良くんの元カノ?
そういうのは考えたことがなかった。だって、良くんは女嫌いで…。
女の子が近寄っていくところなんて、真希ちゃんしか見た事がなくて。
でも、中学は?
中学の時とかは──…
金色の髪をしていた良くん…。
裕太いわく、「すごい不良」だった男。
「どうだろ…」
「高島って、前までは近づいてくる女、蹴散らしてたんでしょ?」
「うん…そう聞いてる」
「まあ、怖いし。高島に近づく女なんて、今は遥ぐらいだし……。そう思ったら高島って、今まで彼女いないってこと?」
今まで彼女がいない…。
良くんに?
「え…じゃあ、高島って童貞なの?」
どこでそう繋がるのか分からないけど、確かにそう考えてもおかしくはないけど。
でも、付き合ってなくても…そういう行為ができるのが男女というもので。
「だって…さ?高島って…女遊びとかするの?」
女遊び…。
「なんか〝ほんと〟の高島を知ったら、そういうのしなさそうじゃない?」
しなさそう…。
「やっぱり童貞?」
「……」
「え、童貞ならマジで見る目変わる。女遊びしないでチーム守って実は優しいとか、やばくない?」
「…」
「なんか…」
なんか?
「高島って…、付き合ったらマジで大切にしてくれそうだね。童貞だし」
良くんを童貞と決めつけている莉子は、「明日も頑張れー」と、にこにことした笑顔。
その日の夜、良くんに電話をかけたけど、良くんと繋がることは無かった。
良くんから折り返し連絡が来たのは、その翌朝のこと。『今日学校いかねぇから来るなよ』とそれだけ伝えてきた良くんは、すぐに電話を切った。
来るな、と言われて普通はショックなはずなのに。良くんから連絡が来た…。良くんが私を思って連絡してくれたと思ったら、すごく嬉しくて。
着信履歴に残った良くんの名前をスクリーンショットをしたりと、朝からテンションが高かった。
その日の夜は電話が繋がった。『なんだよ』と言ってくる良くんは呆れた様子。
それでも電話が繋がった私は嬉しくてたまらなくて。好きという言葉を我慢して、
「今日…学校…サボってたの?」
『お前には関係ない』
「だって会いたかったから…」
『切るぞ』
「…良くんって元カノとかいるの?」
『あ?』
トーンが少し、低くなった。
「気になる…、良くん…彼女とかいた?」
『…』
「私が彼女ってだめ?」
『ねぇよ…』
「会いたい」
『ねぇってだから…』
「誰もいないところなら、会える?」
『…お前はない』
「ない、とか、言わないで…」
『…』
「良くん」
『…なんだよ…』
「私のこと、きらい?」
『…』
「そんなに会いたくない?」
『…ああ』
「じゃあ、大丈夫だね」
『…なにが』
「嫌いだったら、好きになることはあってもそれ以下にはならないから」
『……』
「良くんが私を好きになる可能性はあるってことでしょ?」
『……』
「だって、」
裕太の時みたいに、無感情ではないから…。
何とも思ってない訳ではないから。
少なからず、意識を持ってくれてる、って事だから。
だって…の続きが言えなくて、「良くん…大好きだよ…」って小さな声でつぶやく私に、良くんの返事が聞こえたのはいつか。
『…知ってるよ』
と。少しだけ落ち着いた声で。
『明日も、朝から待つのか…』
「うん、良くんがだめって言っても行く…」
『俺に会いたいから?』
「…うん」
『分かった』
「…良くん?」
なにが分かったの?
『俺が朝お前ん家行くから、もう駅で待つな』
「え?」
『あんま西高の周りうろちょろするなよ』
「良くんが来てくれるの?」
だって、それって、
良くんが私に会いに来てくれるってこと?だよね?
え?
ほんとに?
どうして?
「良くん」
『…あ?』
「今から会いたい」
『…は?』
「だって、そんな事言われちゃ会いたくなるよっ!」
『……調子乗んな』
ブチ、と切れた電話に、テンションの高さは収まらず。
その日の夜は眠れなかった。
朝は念入りに化粧した。
ちなみに化粧前、シャワーを浴びた。
朝の7時、『ついた』という良くんからの電話が来て、玄関を出れば良くんがいた。
そんな良くんの姿を見れば、泣きそうになった。
昨日の夜は、すごくすごく嬉しかったのに。
良くんと目が会った瞬間、申し訳ない…という気持ちがいっぱいだったから。
私の会いたいという気持ちのせいで、私の家まで朝早く来てくれた良くんは、今日も綺麗な黒い髪をしていた。
「………なんで、泣くんだよ…」
良くんが好きすぎて。
会えたことに嬉しくて。
頑張って化粧をしたのに、それがドロドロにになるぐらいポロポロ涙を流す私に、良くんはいい加減にしろよと呆れた様子で…。
西高の周りをうろつくなと言って来てくれた良くん…。
「ごめん、」
「なにが」
「ごめんなさい…」
「遥」
「好きになって…」
「…」
「好きになって、ごめんね…」
両手で顔を隠す私の姿は、良くんからはどのように見えているのか。
せっかく朝から来たのに。
良くんの顔を見た瞬間、泣き出した私を見て。
「遥」
「好き…」
「ああ…」
「何回も、」
「…」
「何回も、言って、ごめん…」
「俺、お前のこと泣かす為に来たわけじゃねぇよ」
「…りょう、…」
「次泣いたら、明日から来ねぇからな」
明日も来るという言葉に、また、涙が流れてくる。
「…会いに来てくれるの?」
「お前はないって言い聞かせるためにな」
「じゃあ、私が、ありに…変えるね…」
「やってみろ。無理だから」
この前のように、泣き出す私の頭にふれない良くんは、すごく面倒くさそうにするけど。
「大好き……、ほんとにすき、良くんが好き…」
〝黙れ〟と言わない良くんは、「分かったからもう言うな」と、牽制を入れるだけだった。
「──…で?」
学校でのお昼休み、クリームパンを食べる莉子が、頬杖をつきながら聞いてきた。
で?、って。
首を傾ければ莉子が「朝来んの?」と、いちごオレを飲む。
良くんが朝、私の家の前に来ることになってから約2週間がたった。
良くんは来る。毎日来る。
朝の7時ぐらいに。そして15分ほど一緒にいた後、「終わりな」と言ってくる良くんは、そのまま帰っていく…。
晴れの日も、雨の日も、風の強い日も。
私が西高の最寄り駅で待ち伏せしないように、家まで来てくれる男。
「毎日会ってんの?」
「うん」
「土日も?」
「うん」
「高島が会いに来んの?」
「来てくれる」
「遥が西高のやつらから、嫌な目で見られないために?」
「…うん」
「え…、絶対気あるじゃん、なんで付き合わないの?」
なんで。
良くんは私のことを好きじゃないから…。
良くんは他に好きな人がいるし、私は〝ない〟から。
「まだまだだよ。アタックしまくる。私相当良くんのこと好きみたい」
良くんとの会話は、普通だった。
っていうか主に私ばっかり喋ってた。
「昨日ね、莉子がね…」と、前日面白いことがあったことを良くんに話す。
良くんは私を見ず、相槌もしなくて、ピクリとも反応しない。
たまにする私の質問に「そうだな」と呟くだけ。
まるで馬の耳に念仏状態。
良くんが帰る15分前になれば、「来てくれてありがとう…嬉しかった」と、良くんに笑顔を向けていた。
それさえも無視する良くんは、スマホの時計を見ると「帰るわ」と呟き、私の顔も見ず帰っていく。
まるで「もう来なくていい」っていう私の言葉を待っているらしい良くんの態度が、2週間続けば、こたえるものがあったけど。
それでも会えて嬉しい私は、「来ないで」とか、「もうやめる」っていう言葉が言えなくて。
申し訳ない気持ちと、私を無視する良くんと、嬉しい気持ちが混ざりあい。
6月に入った頃には、何故かもう、良くんに「好き」っていう言葉が言えなかった。
6月の、休日に入る前の平日の朝。
「悪いけど」って、良くんから私に話しかけてきたのに驚いて、体が小さくビクッと動いた。
「え?」
「明日、朝から用事あるから来れない」
「…用事?」
「知り合いの引越し…手伝いに行くから」
知り合いの引越しの手伝いに行く良くんは、明日は会えないという。毎日会っていた15分間が、止まる。
「そっか…、分かった」
「夜もそいつらとメシ行くから、来れない」
「うん」
「駅で待つなよ?」
「…うん」
下を向いている私に、その人が「遥」と私の名前を呼ぶ。
視線をあげても、やっぱり良くんとは目が合わない。
「……やめるか?」
何を?
「他にももっといい男はいる」
「…良くん以外にいないよ」
「俺のどこがいい?」
「10個ぐらい、簡単に言えるよ」
「…」
「もう会わない、って、言わないでね」
その日もやっぱり、良くんの真正面の顔は見れ
なかった。
その残り一日の日も、放課後校門で待っていてもやっぱり良くんはいなくて、「朝はいたけどね」と、校門前で待っていたらそれを教えてくれた裕太に、顔が下を向く。
私の手にはまだ、良くんの学ランとパーカーが入ったクリーニング袋がある。
土日を挟み、次の週の月曜日。
その日は朝から雨が降っていた。
傘をさしながら、朝の7時から良くんを西高の最寄り駅で待った。
8時頃、良くんは駅から出てきた。
雰囲気でわかる。
良くんは私に気づいてる。
それなのに黒色の傘をさした良くんは、私に見向きもしないで歩き出そうとするから。
「良くん!」
呼び止めたけど、雨の音で邪魔をされた訳でもないのに、良くんはやっぱり足を止めなかった。
案の定というか、当然というか。
次の日の朝、良くんを待っていても駅から良くんは出てこなくて。
それでもその週の金曜日まで、ずっと朝から良くんを待った。学校へギリギリ遅刻しないすむむ時間まで。
「高島、学校には来てるみたいよ?」
潤くんに聞いた莉子が、そう教えてくれて。
「服くらい、受け取ってくれてもいいじゃん…」としぶしぶな莉子に、「もうたまり場の前で待てば?」と言う莉子に顔をふる。
「さすがにそれは…」
「裕太くんのことがあるから?」
「…メンバーの女以外、ダメだし…」
「つかさ?あんまり雰囲気良くないよ」
「たまり場?」
「向こう、高島が裕太くんの女をとったって、感じだもん。まあ裕太くんは否定してるけどね。別れてるから何してもいいし関係ないって」
「そう…」
「よく聞くよ、向こうで、私も聞かれるし」
「何を?」
「なんで高島?って」
〝なんで高島?〟
「あんたらよりかっこいいからでしょ、って、返事したけどね」
ゴールデンウィークに入った。
もちろん学校がない朝は待ち伏せしても仕方ないし、待っているだけ…と思ったけど。
もしかしたらって思う私は、ずっと西高の最寄りで待っていた。
朝から夜まで。
まるでストーカー。
駅員たちにはまたいる…って言われるかもしれないほど。自分のカバンとクリーニング袋を持っている私はどう見てもおかしく。
ゴールインウィーク最終日、朝から待っていた夕方辺りから雨が降ってきて。
駅の中で傘が無い私は、もしかしたら来るかもしれない良くん待っていた。
雨が体に当たらない距離で、駅の中にいる私は、今日はもう帰って明日の朝に来ようと思っていた。
そんな、薄暗い空を見ていた時、
「──…いい加減にしろよ」
と、黒い傘をさし、西高がある方から良くんが歩いてきたのは。パーカーでもなく半袖でもなく、7分袖のTシャツに、黒色のデニムをはいている良くんは、怖い顔をしながら私を見ていた。
「それ、いらねぇって言ったよな?」
持っているクリーニング袋の事を言っているらしい良くんに、嬉しい私は、「パーカーは、いらないって言われてない」と、少しだけ震えた声で呟いた。
雨の近くにいたからか、意外にも、体が冷えていたらしい。
雨だからかあまり人もいなく。
私がここで待っていることを知っていた顔つきをする良くんは、「…言い訳してんじゃねぇよ」と冷たく言う。
「会いたかったの」
「いい加減にしろ」
「…会いたかった」
「お前はねぇって言ったよな」
「良くんといると危ないから? でも、裕太と付き合ってても襲われた。チームの人と付き合う以上それは変わらない…」
「…」
「裕太と付き合ってたから? でも、裕太とは…もう、…私…」
「帰れ」
「良くんに好きな人がいるから? でも、その人とはどうにもならないんでしょ…」
「帰れ」
「わかる、私も、好きな人がいる限り他の人に本気になれないことは…。でも、良くんのその人は付き合ってる、良くんは付き合ってないっ…私とは違う…」
「殴るぞ」
「なんで、無視するの、…無視しないで…」
「…マジでいい加減にしろよ…」
雨の濡れない所まで入ってきた良くんは、傘を畳むと、そのまま傘を放り私に手を伸ばしてきた。
そして私の胸ぐらを掴むと、上から鋭い目つきで見下ろしてくる。
「…折れてなかった…」
「あ?」
綺麗でサラサラとした良くんの髪は、雨の湿気でもごわついていなく。
「鼻…、中の血管が破れてたみたいで、出血は多かったけど…それほど腫れてもなくて…」
「ンなもん聞いてねぇよ」
「私が勝手に話してるだけ…」
「帰れ」
「帰るから、また会ってくれる?」
「遥」
「会いたいの」
「…なんで自分のしてる事分かってねぇ?」
「良くんに会えるならなんだっていい」
「また、廻されるぞ」
「会いに来てもいい?」
下から泣きそうになりながら見つめれば、良くんがゆっくりと、胸ぐらから手を離した。
「来んな」
「やだ…」
「来るな」
「良くんが好きだから、もっと会いたい」
視線が重なり合う。
私を見つめる良くんは、「…来んな」ともう一度言った後、「……電話、出るから。待ち伏せはするな」と呆れたように呟き。
「お前まで〝嫌われる〟必要ない」と、地面に落ちた傘を拾いあげると、私の手からクリーニング袋をとり、その手に良くんの黒い傘を渡してきた。
嫌われる必要…。
変な雰囲気の、たまり場…。
「良くんが、私を嫌ってないなら、それだけで十分だよ…」
「…嫌いだけどな」
「ケガの心配してくれるのに?」
「…もう終わりだ、帰れ」
「夜電話してもいい?」
「…」
「絶対、出てね?」
「…」
「出ないと、待ち伏せするから…」
「…気づいたらな」
気づいたら電話に出てくれるらしい良くんは、私から視線をそらすと、定期のようなものを取り出し改札の中に入っていく。
良くんの背中を見送った後、私は自分の手元を見た。そこにはさっきまで良くんが使ってた黒い傘があり。
傘を持っていない私に気づいたらしい良くんが、こうしてなにも言わず私に傘を預けてきた。
良くん自身は濡れてもいいのか。
貸すや、あげるなどは言われてないけど、私に使わせるために傘を預けた良くんの背中からは優しさが感じられ。
やっぱり彼が好きだと思った。
その日の夜、良くんに電話をかけた。
私の電話に気づいたらしい良くんに、「傘、ありがとう」と呟けば。『…ああ』と言われる。
電話越しの良くんの声は、さっきと比べ少し…ほんの少しだけ柔らかく感じた。
「いつ返せばいい?」
『返さなくていい』
「返しに行く…」
『捨てろ』
「じゃあ、朝、駅で待ってる…」
『…聞こえねぇのかよ』
「だったらなんで傘を私に貸してくれたの…」
『用、それだけか』
「良くん」
『忙しいから切るぞ』
「好き…」
プツリと切れた通話、最後の言葉は良くんに聞こえていたか分からない。
次の日の朝、駅で良くんに会えた。
良くんは私に気づいてる。だけど私をいないことにする良くんは、視界にも入れず西高の方に歩き出す。
今日は晴れ。どう考えてもこんな曇りひとつない天気の日に傘を持っている私はおかしく、学校にいけば「クリーニングの袋から傘になってる」と呆れたように笑われた。
言わなくても良くんの傘だと勘づいているらしい莉子は、「どうなの?会えたの?」と聞いてきて。
「やばいかも…」
「何が」
「これストーカーだよね…完全に」
「今さら?」
ふっ、と、笑った莉子は、「でも傘貸してくれるぐらい遥に気があるってことでしょ」と、ポジティブな言葉をくれ。
「高島さ、今までずっとあんな感じだったんでしょ?」
「あんな感じ?」
「一匹狼…的な? 人に好き好き言われんの慣れてないっぽいし、照れてるのかもよ」
そういえば、好きと言われることに慣れてない、と言っていたような気がして。
でも照れているかよりは、どちらかと言うと呆れている良くん。苛立って…。
「もっと言ってもいいと思う?」
「いいんじゃない?──…ってかさ、高島って、彼女とかいたの?」
「え?」
「今はいないけど昔は…とか」
良くん…。良くんの元カノ?
そういうのは考えたことがなかった。だって、良くんは女嫌いで…。
女の子が近寄っていくところなんて、真希ちゃんしか見た事がなくて。
でも、中学は?
中学の時とかは──…
金色の髪をしていた良くん…。
裕太いわく、「すごい不良」だった男。
「どうだろ…」
「高島って、前までは近づいてくる女、蹴散らしてたんでしょ?」
「うん…そう聞いてる」
「まあ、怖いし。高島に近づく女なんて、今は遥ぐらいだし……。そう思ったら高島って、今まで彼女いないってこと?」
今まで彼女がいない…。
良くんに?
「え…じゃあ、高島って童貞なの?」
どこでそう繋がるのか分からないけど、確かにそう考えてもおかしくはないけど。
でも、付き合ってなくても…そういう行為ができるのが男女というもので。
「だって…さ?高島って…女遊びとかするの?」
女遊び…。
「なんか〝ほんと〟の高島を知ったら、そういうのしなさそうじゃない?」
しなさそう…。
「やっぱり童貞?」
「……」
「え、童貞ならマジで見る目変わる。女遊びしないでチーム守って実は優しいとか、やばくない?」
「…」
「なんか…」
なんか?
「高島って…、付き合ったらマジで大切にしてくれそうだね。童貞だし」
良くんを童貞と決めつけている莉子は、「明日も頑張れー」と、にこにことした笑顔。
その日の夜、良くんに電話をかけたけど、良くんと繋がることは無かった。
良くんから折り返し連絡が来たのは、その翌朝のこと。『今日学校いかねぇから来るなよ』とそれだけ伝えてきた良くんは、すぐに電話を切った。
来るな、と言われて普通はショックなはずなのに。良くんから連絡が来た…。良くんが私を思って連絡してくれたと思ったら、すごく嬉しくて。
着信履歴に残った良くんの名前をスクリーンショットをしたりと、朝からテンションが高かった。
その日の夜は電話が繋がった。『なんだよ』と言ってくる良くんは呆れた様子。
それでも電話が繋がった私は嬉しくてたまらなくて。好きという言葉を我慢して、
「今日…学校…サボってたの?」
『お前には関係ない』
「だって会いたかったから…」
『切るぞ』
「…良くんって元カノとかいるの?」
『あ?』
トーンが少し、低くなった。
「気になる…、良くん…彼女とかいた?」
『…』
「私が彼女ってだめ?」
『ねぇよ…』
「会いたい」
『ねぇってだから…』
「誰もいないところなら、会える?」
『…お前はない』
「ない、とか、言わないで…」
『…』
「良くん」
『…なんだよ…』
「私のこと、きらい?」
『…』
「そんなに会いたくない?」
『…ああ』
「じゃあ、大丈夫だね」
『…なにが』
「嫌いだったら、好きになることはあってもそれ以下にはならないから」
『……』
「良くんが私を好きになる可能性はあるってことでしょ?」
『……』
「だって、」
裕太の時みたいに、無感情ではないから…。
何とも思ってない訳ではないから。
少なからず、意識を持ってくれてる、って事だから。
だって…の続きが言えなくて、「良くん…大好きだよ…」って小さな声でつぶやく私に、良くんの返事が聞こえたのはいつか。
『…知ってるよ』
と。少しだけ落ち着いた声で。
『明日も、朝から待つのか…』
「うん、良くんがだめって言っても行く…」
『俺に会いたいから?』
「…うん」
『分かった』
「…良くん?」
なにが分かったの?
『俺が朝お前ん家行くから、もう駅で待つな』
「え?」
『あんま西高の周りうろちょろするなよ』
「良くんが来てくれるの?」
だって、それって、
良くんが私に会いに来てくれるってこと?だよね?
え?
ほんとに?
どうして?
「良くん」
『…あ?』
「今から会いたい」
『…は?』
「だって、そんな事言われちゃ会いたくなるよっ!」
『……調子乗んな』
ブチ、と切れた電話に、テンションの高さは収まらず。
その日の夜は眠れなかった。
朝は念入りに化粧した。
ちなみに化粧前、シャワーを浴びた。
朝の7時、『ついた』という良くんからの電話が来て、玄関を出れば良くんがいた。
そんな良くんの姿を見れば、泣きそうになった。
昨日の夜は、すごくすごく嬉しかったのに。
良くんと目が会った瞬間、申し訳ない…という気持ちがいっぱいだったから。
私の会いたいという気持ちのせいで、私の家まで朝早く来てくれた良くんは、今日も綺麗な黒い髪をしていた。
「………なんで、泣くんだよ…」
良くんが好きすぎて。
会えたことに嬉しくて。
頑張って化粧をしたのに、それがドロドロにになるぐらいポロポロ涙を流す私に、良くんはいい加減にしろよと呆れた様子で…。
西高の周りをうろつくなと言って来てくれた良くん…。
「ごめん、」
「なにが」
「ごめんなさい…」
「遥」
「好きになって…」
「…」
「好きになって、ごめんね…」
両手で顔を隠す私の姿は、良くんからはどのように見えているのか。
せっかく朝から来たのに。
良くんの顔を見た瞬間、泣き出した私を見て。
「遥」
「好き…」
「ああ…」
「何回も、」
「…」
「何回も、言って、ごめん…」
「俺、お前のこと泣かす為に来たわけじゃねぇよ」
「…りょう、…」
「次泣いたら、明日から来ねぇからな」
明日も来るという言葉に、また、涙が流れてくる。
「…会いに来てくれるの?」
「お前はないって言い聞かせるためにな」
「じゃあ、私が、ありに…変えるね…」
「やってみろ。無理だから」
この前のように、泣き出す私の頭にふれない良くんは、すごく面倒くさそうにするけど。
「大好き……、ほんとにすき、良くんが好き…」
〝黙れ〟と言わない良くんは、「分かったからもう言うな」と、牽制を入れるだけだった。
「──…で?」
学校でのお昼休み、クリームパンを食べる莉子が、頬杖をつきながら聞いてきた。
で?、って。
首を傾ければ莉子が「朝来んの?」と、いちごオレを飲む。
良くんが朝、私の家の前に来ることになってから約2週間がたった。
良くんは来る。毎日来る。
朝の7時ぐらいに。そして15分ほど一緒にいた後、「終わりな」と言ってくる良くんは、そのまま帰っていく…。
晴れの日も、雨の日も、風の強い日も。
私が西高の最寄り駅で待ち伏せしないように、家まで来てくれる男。
「毎日会ってんの?」
「うん」
「土日も?」
「うん」
「高島が会いに来んの?」
「来てくれる」
「遥が西高のやつらから、嫌な目で見られないために?」
「…うん」
「え…、絶対気あるじゃん、なんで付き合わないの?」
なんで。
良くんは私のことを好きじゃないから…。
良くんは他に好きな人がいるし、私は〝ない〟から。
「まだまだだよ。アタックしまくる。私相当良くんのこと好きみたい」
良くんとの会話は、普通だった。
っていうか主に私ばっかり喋ってた。
「昨日ね、莉子がね…」と、前日面白いことがあったことを良くんに話す。
良くんは私を見ず、相槌もしなくて、ピクリとも反応しない。
たまにする私の質問に「そうだな」と呟くだけ。
まるで馬の耳に念仏状態。
良くんが帰る15分前になれば、「来てくれてありがとう…嬉しかった」と、良くんに笑顔を向けていた。
それさえも無視する良くんは、スマホの時計を見ると「帰るわ」と呟き、私の顔も見ず帰っていく。
まるで「もう来なくていい」っていう私の言葉を待っているらしい良くんの態度が、2週間続けば、こたえるものがあったけど。
それでも会えて嬉しい私は、「来ないで」とか、「もうやめる」っていう言葉が言えなくて。
申し訳ない気持ちと、私を無視する良くんと、嬉しい気持ちが混ざりあい。
6月に入った頃には、何故かもう、良くんに「好き」っていう言葉が言えなかった。
6月の、休日に入る前の平日の朝。
「悪いけど」って、良くんから私に話しかけてきたのに驚いて、体が小さくビクッと動いた。
「え?」
「明日、朝から用事あるから来れない」
「…用事?」
「知り合いの引越し…手伝いに行くから」
知り合いの引越しの手伝いに行く良くんは、明日は会えないという。毎日会っていた15分間が、止まる。
「そっか…、分かった」
「夜もそいつらとメシ行くから、来れない」
「うん」
「駅で待つなよ?」
「…うん」
下を向いている私に、その人が「遥」と私の名前を呼ぶ。
視線をあげても、やっぱり良くんとは目が合わない。
「……やめるか?」
何を?
「他にももっといい男はいる」
「…良くん以外にいないよ」
「俺のどこがいい?」
「10個ぐらい、簡単に言えるよ」
「…」
「もう会わない、って、言わないでね」
その日もやっぱり、良くんの真正面の顔は見れ
なかった。