はるか【完】
相性
「ぅええええっ!!うっそうっそ!ホントに?!」
1番の報告はもちろん莉子だった。応援してくれてた莉子…。「おめでとう〜!まあ付き合うと思ってたけどね!」と笑う莉子は最後にまた「おめでとう」と言う。
幸せいっぱいの私は、顔がずっと緩んでた。
良くんと付き合って約2日。
良くんとの付き合いはさほど変わらなかっ
た。
あまり人目でベタベタしない良くんはもちろん手は繋がない。
というよりバイクだから、私が一方的に後ろから抱きしめるだけ。
そんな良くんは外では笑わないし、私に凄く喋りかけてくる訳でもなく。
私の今日の出来事を、ただ聞いているだけの良くんは3日前と一緒。
だから一緒、っていうことは、
あれだけ抱き合ってあれだけキスした日以来、私たちはバイクの上以外触れ合ってなかったりする。
「良くん」
「なんだよ」
「すき?」
「しつこい」
良くんは2日前に言ったっきり、私に好きって言ってくれないけど。
私を見つめる良くんの目が優しくて、私はずっと笑っていた。
「それから、体育の時ね、先生が──…」と、
いつものようにくだらない事を話している時だった。
良くんの方からマナー音がなり。ズボンの後ろポケットからスマホを取りだした良くんは、その画面を見たあとまたポケットの中に戻した。
まだ、マナー音はなってる。
「出ないの?」
「いい」
「知らない番号?」
「いや、…──で、先生が何?」
黙ってあんまり良くんは返事をしてくれないけど、ちゃんと話を聞いてくれる良くんからは、
1回止まって。
またマナー音が鳴る。
知らない番号じゃないらしい良くんは、もう1回スマホの画面を確認すると、面倒くさそうにため息をついた。
「誰?」
「…昴」
すばる? 昴さん?
やけにカッコイイ昴さんからの電話を出ない良くんはまたスマホを戻そうとしたけど。
次々に鳴るそれは、止まることなく。
「また昴さん?」
「…ひじり」
ひじりさん?
元総長の名前を言う良くんは、「ちょっと待って」と私に言ってくると、「何」と不機嫌そうに通話を繋げた。
けれどもすぐに耳からスマホを離した良くんは、電話を切り。
はあ、と、不機嫌にため息をついた良くんは、あろう事かスマホの電源を落とした。
今の光景に、思い浮かぶのはただ一つで。
「ケンカしてるの?」
昴さんと聖さん電話を無視する良くんに、そう問いかければ「…そんなんじゃない」と、今度こそスマホをポケットの中に戻した。
そんなんじゃないとは?
「いいの?電話」
「いい」
「でも、ずっと鳴ってたよ?」
「内容分かってる」
「そうなの?」
「お前の話だから」
「え?」
「今どうなんだ?ってうるさい」
今どうなんだ?
うるさい?
私の話?
どうって──…。
「え、付き合ったこと、言ったの?」
元総長たちに?
元幹部たちに?
「いや…昼間に薫からどうなんだって聞かれて、会ってるって言っただけ」
「付き合ってるの言ってないの?」
「ああ…、会ってるって言っただけであの電話の量だからな。マジで薫の店潰してやる、うぜぇ」
「そうなんだ…」
「落ち着いたら言う」
そう言った良くんは、また深い溜息をついた。
良くんは私と別れたあと、夜はたまり場に行ってるらしい。バイクに乗って。
そんな良くんは最近、喧嘩という喧嘩はしてないと莉子から聞いた。
たまり場に行かない私は冷房がきいている部屋で良くんの電話を待っていた。
付き合った日から、私がウトウトとするまで電話を繋げてくれる良くんがその時どこにいるか分からないけど。
寝れなかったら連絡しろよと言ってくれる良くんは、やっぱり優しく。
付き合って──…1週間。
やっぱりまだ、バイクの上でしか良くんに触れていなかったりする。
そんな日の夜、いつものようにたまり場にいるらしい良くんと、電話を繋げた。
「明日から、期末テストだから…」
『それ聞いた』
「早く終わるから、良くん事迎えに行ってもいい?」
『来るなって言っても来るんだろ』
私の性格を分かっている良くんに、「うん」と布団の中で答える。
「良くん?」
『なに』
「ううん、なんでもない、だいすき」
『だからさっきも聞いた』
何回も好きという私に良くんは鬱陶しそうにするけど。「黙れ」とは言わず。
付き合った日、何回もキスをしてきた良くんを思い出す私は、どうして良くんは何もしてこないんだろう?って、少し思ったりして。
〝あの事〟を知っている良くんに、何度も私は「すきだよ」と言った。
多分、というか、
高い確率で良くんは〝そういう経験〟は無いんだと思う。キスも私が初めてだった良くんは、体の関係もほかの女の人と無かったのだろうと。
それでも何度もキスをしてくれた良くんを思い出せば、性欲…的なものはあるんだと思う。
良くんのキスは、柔らかかった。
全く強引って感じではなかった。
重ね合えば、まじわる…というか、絡むってより重ねるという表現が正しく。
激しいよりも、まるで時間が止まっているよな、ゆっくりとした動きに私は夢中だった…。
相手が良くんだからなのか…。
もっとしてほしい、と、思うほどで。
暴君と呼ばれ、近寄るなと言われ、沢山喧嘩をしていた良くんのキスは、ありえないぐらい、想像も出来ないぐらい優しかった。
激しいキスより、ゆったりとしたキスの方が、唾液もとまらなくて…。
正直、ほぼ1時間ぐらいあの時キスをしていたのは、私が「もっと…」って欲しがったのもあるかもしれない…。
その「もっと」を何度もしてくれた良くんのキスを思い出していたら、少し体が熱くなった。
キス、したい、良くんと。
付き合う前までは本人に「キスしたい」って言っていたのに。
私はそれを良くん自身に言うことが出来なかった。
良くんから、私に触れない。
その原因は多分、良くんが慣れてないとか、そんなんじゃない…
良くんが初めてだから…とかじゃない。
良くんは〝そういう雰囲気〟を出さないようにしているんだと思う。
──裕太との関係を知っている良くん…。
無理矢理、されていた事を知っている。
私がそういう行為を痛がることも、知っている。始業式の時に裕太に教えられたから。裕太を殴って停学になった良くんは……──
正直、私はまだそういう行為は痛いものだと思っていた…。裕太が動く度に、身体中が痛く。
優しく抱かれていた時も、全く他人の体温には慣れなかった。…気持ちいいと思えなかった。
それを考えれば、〝そういう雰囲気〟を出さないようにしてくれている良くんに、感謝するべき…なんだと思う…。
私を気遣って、手を出してこない男。
良くんとの行為は、どうなんだろう?って、考えなかったわけじゃない…。
裕太の時みたいに、痛かったらどうしようって。
顔が歪んでしまったらどうしよう。
良くんは傷つくんじゃないか…。
優しい良くんは、もう二度と、私にさわってくれないんじゃないか…。
そう思う反面、私は
──…良くんに触られたい、って思うのも事実で。
どうすればいいか分からなかった。
さわられたい。
もっと良くんの優しいキスをされたい。
でもそれをしていけば、いつかは〝そういう雰囲気〟になる。
その時の私は、〝私の体〟は良くんを受け入れてくれるのだろうか…って。
だからこそ、私から良くんに「キスをしたい」って言えなかった。
期末テストが始まったその日は西高の校門の前で待っていた。朝、電話で「私が絶対迎えに行くからね!!」としつこいぐらい言ったから。
私の彼氏の良くんは、校舎から出てきた。
その良くんの横にはバイクはなく。
それもそうかと思った、ここは学校。不良校でも、バイクで登校するのは……──
そこでハッと気づく。
良くんは毎日、学校を早退してバイクを取りに行っていたのだと。
私の毎日会いたいという我儘の為に、早退していた良くんは、「…暑いの大丈夫なのか?」と、低い声で私の心配をしてきた。
「…うん、」
「大丈夫じゃねぇな」
大丈夫なのに。
最近は毎晩寝るまで電話をくれる良くんのおかげで、眠れてるから…。
「うちで寝るか?」
〝そういう雰囲気〟になるのが怖いのに、良くんにふれてほしい私は頷いた。
「親は…」
「さあ、…バイク、たまり場に置いてるから、今日はナシな」
そう言って歩き出す良くん…。
「私、電車大丈夫だよ、西高来るまでに電車乗ってるし…、あの時はたまたまだったから…」
「…そうか」
「あの、ね、私、個室とか密室、っていうのかな?そういう部屋で蒸し暑くなるのが苦手で…。だからちゃんと冷房がきいてる電車だったら大丈夫なの」
「…」
「ごめんなさい…ほんとに…」
「…」
「ごめんなさい…」
「遥」
良くんの手が、伸びてくる。
伸びて、その手は宙をまい、ゆっくりとした動きで元の位置に戻った。
ふれない良くん…。
「良くんと電車に乗りたい…」
そう言った私に、良くんは無表情で「分かった」と告げる。
並んで駅に向かい、良くんは到着した電車に「待ってろ」と先に乗りこむと、多分、その中の冷房をきいてることを確認した後、「こい」と私に手招きをした。
車内は、涼しかった。
好き──…。
良くんにさわりたい。
でも、さわれない。
キスしたい、
キスできない。
今すぐ良くんに抱きしめて欲しいのに──…
良くんの部屋は、やっぱりモノトーン。
良くんは当たり前のように短パンを取り出すと、「置いとくぞ」と布団の上に置いた。
優しい男は、この前のようにベットを背もたれにして座る。今日も私が眠りやすいように電気をつけない部屋は薄暗かった。
短パンに履き替え、スカートを鞄の上に置いた私は、ベットに寝転び良くんの後ろ姿を見つめた。
黒くてサラサラな髪…。
さわりたい…。でも、さわることができない…。
いい香りが、体を包む。
「……りょうくん」
「なんだよ」
少しだけ振り向いた良くんの、片方の頬が見えた。
「りょう、って、呼んでもいい?」
呼び捨てで。
「…ああ」という良くんは、また前を向き頬を隠した。呼び捨てという許可を得た私は、その名前を口にする
「りょう…」
もしかしたら、初めてかもしれないと思った。女の子とあまり親しくなかった男。
だから呼び捨てで呼ばれることは、無かったんじゃないかと…。
真希ちゃんだって、良くんだった。
じゃあ、あの人は…。
良くんの、好きな人は──…
なんて呼んでるんだろう。
「りょう、」
「あ?」
「りょう…」
「なんだようるせぇな」
ちゃんと振り向いた良は、少し不機嫌そうだった。ちっとも笑ってない。
「…今日は手…繋いでくれないの」
さわってほしい私は、ずるい事を言う。
「…寝たらな」
「寝たら?」
「寝たら繋ぐ」
それって私の意識が無い時…。
細身の良は、また前に向き直そうとするから、慌てて私は「りょう、」と引き止める。
薄暗い部屋で、良の眉間にシワが寄ったのが分かった。
「なんだよ」
「…あの、」
「お前、今日はうざい日だな」
深く、面倒くさそうにため息をついた良は、完全に体をこっちに向けると、お腹まで被っていた布団を、私の肩まで被せてきた。
ふわ、と、良くんのいい匂いがした。
うざい日?
「いつもしつこいくせに、たまにそういうのになるよな」
「…そういうの?」
「お前が言ってきた我儘のくせに、後から急に罪悪感っつーの? そんな考え持つ」
罪悪感?
「さっきの電車だってそうだろ」
さっきの電車だって…。
会いたいという私の我儘のせいで、毎日学校を早退していた良…。
それに罪悪感を覚えた私は、電車がいいと言い出し。
「ンで、今度は何だよ」
「今度?」
「呼び捨てがいいって我儘、なんか理由あるんだろ?」
「……」
「お前が言ったあとの我儘、大抵うぜぇことなるから、今のうち言っとけよ」
大抵うざいことにる…。
めんどくさいと?
私の大好きな良──
「お前がうざい日は〝泣く〟事が多い」
それはつまり、私を泣かせないように、しているって事では?
良はベットて頬杖をつき、寝ている私を見下ろしていた。そんな良はやっぱり私にはふれないけど。
「…あたしのこと、すき?」
そう言った私の声は、小さかった。
「この前ここで言ったろ」
好きだって?
「……唯さんよりも?」
私の言葉に、ぴく、と、反応した良は、薄暗い部屋で呆れたような顔をする。私の質問に面倒くさいと思っているのか…。
「唯さんと…会ってたりする?…唯さんは、良くんのことなんて呼んでるの?」
つい癖で、良くんと呼ぶ私は、良の返答が怖かった。
「なんでここで唯が出てくる?」
「だって…」
「…会ってねぇよ、つかお前とばっか会ってんのに会う暇ねぇだろ」
「良くん…」
「名前だって、女が呼び捨てにしたのお前が初めてだよ、もう呼ばねぇのか?」
それはつまり、唯さんも〝良くん〟なのだろうと思って。
「…よぶ、」
「唯よりっつったって、……お前、不安になってんのかよ」
不安、
「俺、お前のこと大事にするって言っただろ?それはそういう意味だろ」
「…そういう意味?」
「1番、って意味だろ」
1番…。
「…1番なの?」
「ああ」
「りょう、…」
「ん?」
優しい良は、たまに〝ん?〟って言う。私はこの言葉が好きだった。
「言ってほしい…」
「何を?」
「聖さんたちに…」
「…何を」
「彼女、できたって、自慢してほしい…」
険しい顔をする良は、「……分かった、」と私を見下ろす。
「どんな自慢してくれるの…?」
「普通にできたでいいだろ」
「可愛い彼女ができたって?」
「……アホか」
「言ってくれないの?」
「俺が言うタイプに見えるか?」
「見えない」
おまえ…と、ゲンナリとしている良が、またため息をだす。「自慢したら、お前は不安になんねぇのか?」と。
自慢したら、不安にならない。
唯さんの耳にも、付き合った事が入るだろうから。でも、
「…良」
「終わりか?終わったら寝ろよ」
「良は、」
良は、
「私のこと、嫌いにならない?」
ずっと、頬杖をついている良。
「あたし、」
「……」
「りょう…のこと、」
「……」
「あたしの、からだ…」
「……」
「受け入れられない、かもしれない、けど、いい?」
「……」
「ずっと、1番?」
「……」
「嫌いにならない?」
「……」
「りょうくん……」
「…それが今日のうざい原因か…」
頬杖を、やめた良…。
〝すぐ痛がるし気持ちよくねぇだろ〟
それを知っている良…。
話の流れで、私の頭の中の事を分かったらしい良は、「バカだな」と、シーツの上に手のひらを置いた。
「俺は別に、」
別に?
「遥の泣いてる顔とか、痛そうな顔してるのが見てえから付き合ったわけじゃない」
泣いてる顔…痛い顔。
見たいから付き合ったわけじゃない…。
「…だから、なんで泣く」
私が泣かないための話し合いなのに、頼りになって優しい良は、その指先で私の頬にふれた。
久しぶりにふれられた私は、その反動か、それが引き金か。
体を起こし良に腕を伸ばした。良の引き締まった肩、首元に私の腕が回る。良の首元近くに顔を埋めれば大好きな良の腕が私の背中に回った。
「…遥」と、私を名前を呼ぶ良を強く抱きしめる。
「…りょう」
「ん?」
「良…」
「うん…」
良の手のひらが、私の頭を撫でる──…。
その手は、酷く優しかった。
「我慢できなくなったら、してね……」
「…ああ」
そう言った良は、私が欲しい大好きな良のキスをしてきた。
良はその日から、帰り道私にキスをしてくれるようになった。それは夏休みに入る前日、私の家の前での話。
良は帰り道とか手を繋がないし、あんまり喋らないし、あの話し合い前となんら変わりはしないけど。
帰りだけ。
別れ時だけ。
不安にならないように私にキスをしてくるようになった良…。
──…だけどそれは毎日ではなくて。
良の腕が腰にまわり、どき、っとして。
なに?と、顔を上げればいつの間にか塞がれている。
外で深いキスをしない良は、ほんの一瞬だけど。
顔を真っ赤にする私の腰から腕を離す良…。
「聖に言った」
「え?」
「昴にも」
「…」
「薫と、…唯と、…真希と穂高にも」
何を?と言わなくても、何を言ったか分かった私は、また頬を赤く染める。
「会わせろって、穂高と真希以外に言われたけど」
言われたけど?
「俺のだからムリって言った」
〝自慢〟したらしい良にドキドキが止まらず、「明日から」と、良はそのまま話を続けた。
2人きりになると、甘い雰囲気を出すようになった良…。
「会いに来るわ」
「良…」
「あんま変なやつと遊ぶなよ」
遊ぶはずないのに…。良だけのに。
夏休みは馬鹿なやつが増えると言った良。夏は馬鹿なやつが増える、それは確かに…と思った。私だって去年、夏休みだから髪を染めたから。
そう思えば、良はどうして中学時代は金色の髪だったんだろうと思い。
「良は髪、染めないの?」
「は?」
「中学の時、金髪だったでしょ?」
「……なんで知ってる?」
なんで…、それは…。
裕太の部屋で、卒業アルバムを見たから。
だけどそれを良に言う訳にはいかず。
「写真で見たことある…」としか言えなくて。
だって裕太の部屋で見たなんて言えるわけがない。
そう思って、上手く誤魔化せたか分からなくて良を見た。
目線を逸らした良は少し言いづらそうにした。
何となく、雰囲気で分かり。
それが〝唯さん〟関係だと分かった私は、…聞かなきゃ良かった、と、後悔した。
「昔、黒のほうが似合うって言われて…」
唯さんに…?
唯さんの名前を言わない良は、私に遠慮しているのか。
ずっと唯さんに片思いをしていた男。
そんな良はまた視線を私に戻すと、ゆっくりと私の腰に腕を回し、
「次はお前の好きな色に染める」
そう言った良は、ゆっくりと私に顔を寄せた。
──…ふう、と、息を吐けば白い息が出た。
夏が過ぎて秋過ぎて。
息を吐けば白くなるぐらい寒くなったその季節。
電車をおりて、改札をくぐれば、良がいる。いつもと一緒。夏と変わったことといえば、良の制服が学ランに変わったぐらい。
黒いマフラーを巻き、黒い手袋をして。
私に気づいた良が、「おそ、」といつものように言ってくる。
「なんか電車遅れてたみたい、ごめんね」
「別に」
良は「遅い」という癖に怒っているわけじゃなくて、改札を通る。私の家の方ではなく、良の家の方面に行く電車に乗り込む良。今日は良の家に行くらしい。
手を繋がない。
人前では良はあんまり喋らない。
電車を降りた私たちは、良の家に向かう。
そんな良に喋りかける私は、いつまでたっても良が大好きだった。夏頃と変わらない黒い髪の良…。
「今日寒いね、そっち、寒くなかった?」
「······」
「莉子からカイロ貰ったんだけど、もうあんまり温かくなくて」
「······」
「良ってカイロとか使うの?」
「······」
私はマフラーをさわりながら、話を続ける。
その手には莉子から貰ったカイロがあった。
寒いのは大丈夫らしいが、プールとかは苦手な良…
私の防寒具は、制服の上に着ているコートと、マフラー。それから莉子から貰ったカイロぐらいで。
良はさっきも言った通り黒の手袋と黒のマフラー。
黒髪の良は黒色という無難な色が好きらしくあんまり目立つ色は着用しない。
良の家に向かうその途中で自動販売機に寄った良は、手袋を外し、その手袋を私に“買うから持っとけ”というふうに私に渡してきて。
温かい甘めのカフェオレを買った。
そのままそれを持って歩き出す良。
「良、手袋は?」
まだ私が持ったままだけど···。って感じで、良に差し出せば、
「飲むからいらねぇ」
缶の蓋を開けながら、そんな事を言ってくる。
別に缶に入ってるからって、手袋をつけたまま飲めるのに。
「私がつけてもいい?」
「······好きにしろよ」
「ありがとう」
私は笑いながら、手袋を装着した。
まだ良の体温が残る大きい手袋は、温かくて。
口が悪くて、態度も悪くて、目つきも悪い良だけど、本当はとっても優しいことを知っている。
待ち合わせも、私が寒い中待たせないように早い時間に来ている良。夏もそうだった。良は私を待たせない…。
「貸してやる」って言うのが恥ずかしいから、わざと「飲むからいらねぇ」とか言って、「寒い」と言った私に手袋を貸してくれたことも。
手袋を装着したことを確認した良は、それを渡してくる。
「なに?」
「買うの間違えたんだよ」
缶の蓋、あいてるのに?
そう言おうとしたけど、私は笑って「ありがとう」と、カフェオレの缶を受け取った。
ここ数ヶ月で分かった事と言えば、良はお酒も煙草もしない事。
喧嘩が強い理由は、良がお兄ちゃんに歯向かうために格闘技を習い始めたことも知った。
けど外で喧嘩するばかりする良に、格闘技の先生が怒って破門にした事も。
そして面倒くさい性格は食に関してもらしく。食べる事を面倒くさいって思ってしまう良はあまり食べず。甘いものもそれほど好きではないらしい。
私はそれにほっとしていた。私も夏、食べないから。「食べろ」って無理に言ってこない男。
それでも去年と比べ、ガリガリでは無くなった体つき。
まあ、うん、とりあえず知った。
良の事をたくさん知れた数ヶ月だった。
もともと甘いものが好きじゃない良。
だから分かっていた。
このカフェオレは私のために買ってくれたものだと。
私が良の手袋を装着するのを待っていた良は、手袋をつけたままでは開けにくい蓋を開けてくれて、それを私にくれた。
分かりずらいけど、優しい男。
「良?」
名前を呼べば、良は私に視線を向ける。
「だいすき」だと言えば、それを無視した良は正面に向き直したけど。
その横顔は少しだけ笑っているように見えた。
良が1私のことを好きなら、
私は100良の事が好きだった。
良に1000回好きだって言ったらやっと「俺も」って返事をくれるほど。
私と良の好きの差はたぶん、あると思う…。
他人から見れば、冷たい彼氏なのかもしれない。
そんな良はあまり私の名前を呼ばない。
いつも「お前」。
重要な時とかは「遥」って呼ぶけど、いつも「お前」って呼ぶ。
──…重要な時。
私が不安になってる時とかは、「遥」って言う。良に嫌われたくないって不安になる時。
あと、ほかにも、「遥」って呼ぶ時があって。
良はふれない。
私にあんまりふれてこない。
ふれられるっていえば、本当に柔らかいキスを一瞬される時。
けど、そんな良でもたくさん私にふれる時がある。
──…それが「遥」って呼ぶ時。
それは主に良の部屋だった。私の部屋でそれをした事は無い。というか良は家の中に来ない。
もしかしたら、それは、私の部屋に裕太が来た事があるからかもしれない。
「それでね、お母さんが今日お弁当作ってくれて…」
「うん」
「明日、出かけるの」
「…良かったな」
「うん、あのね?」
「ん?」
「昨日…。良の事話したの、また会わせてって言ってきて…」
「そうか」
「会ってくれる?」
「…ああ」
2人きりになれば、冷たい雰囲気じゃなくて穏やかな雰囲気になる良は、
「遥」
と、数週間ぶりに、〝その時〟の私の名前を呼んだ。
──…ドキン、と、心が鳴る。
ベットに座ってる良が、「……来いよ」と手を伸ばしてくる。
床に座っている私は、ドキドキとしながら、その手に引き寄せられるように近づく。
ベットに腰掛けている良に抱きつく私の背中を、良が撫でる…。
良に引き寄せられ、「おいで」と良の太もも辺りに私がまたぐように座らされ。
久しぶりに私からふれる良の体温…は、心地いい。
「…さむくねぇ?」
まだ、暖房がかかりきってなく、少しだけ肌寒い、けど。良の体温によりそれはどうでも良くなる。
「うん、りょうは?」
「…ヘーキ」
良が、私の唇を塞ぐ。
海の波じゃなく、湖のような波がたたない穏やかなそのキスが気持ちよく。
私の後頭部に回っていた良の手のひらが私の頭を優しく撫でる。
「すき、すき、」と、何度も言う私を良が抱きしめてくれる…。
良は、今は〝そういう気分〟らしく。
直接肌にふれられている訳でもない背中を撫でる良の腕。
良にさわられて嬉しいって私の体が喜んでいるのが分かる。
「…りょうくん…、」
「良だろ」
「…どうしよ、」
「……なにが」
心が熱くなる。
「わかんないけど、泣きそう…」
「なんでだよ」
見えないけど良の笑っている雰囲気がする。私にあんまり笑っている顔を見せない良。
こんなにも好き…。
「良に愛されて嬉しいの…」
「……はるか」
「もっとしてよ、りょう…」
もっと。
良にふれられたい。
こんな感情、裕太の時にはなかった。
裕太にふれられたいって、思ったこと無かった…。
裕太は言っていた。
遥は、そういう行為を、痛いものだと思っているのでは?って。
思い込み。
思い込みのせいだとすれば、私は──…
安心して、大好きな良なら──…
でも、痛かったら、どうしよう…。
顔を歪ませてしまったらどうしよう…。
──…歪ませても、痛くても、
私の心は〝良にもっと愛されたい〟。
「イヤだろ…」
「イヤじゃない…」
私は顔を横に振った。
「出せない」
「どうして…」
「あん時のお前…思い出したら出せない」
あの時?
首を傾げれば、「トイレで…」と、〝あの時〟の事を告げる。トイレ。公衆トイレ。裕太に怒鳴られて私が泣き出していた時。
あの時の震えている私を知っている良。
「…私、良に…怖がったことないよ」
「お前」
「きっと大丈夫…」
「裕太に何された?」
「……」
「裕太だから痛かったのか?」
「……」
「他のやつは?」
ほかのやつ?
私の初めては、裕太…。
ほかなんて、いない。
他の人、なんて──…
「いない、裕太が初めて…。何度かしたんだけど…ずっと痛くて。優しくしてくれてたんだけど…」
「…」
「良を好きって言った日から、その…」
「…」
「初めから、よく分かんなくて、そういう行為が…」
「…そうか」
「でも、今はすごく、良にふれられたいって思うよ」
「…」
「良くんに…、さわられたら、嬉しいしドキドキする…」
「…」
「良は、したくない? したい? どっち?」
良を抱きしめる。
ずるい私は、良にそれを聞いた。
良がしたいって言ったら、私は──
それに身を任せる。
絶対、痛くても、痛くないフリをする。
だけど私の事をよく見てる良は、すぐにそれはバレてしまう気がして。
「…してぇ」と、ずっと抱きしめてくれる良の顔は、見えないけど。
低い良の声は心地いい。
「けど痛がるお前を見たくない」
「痛くないよ…」
「つか、俺も分かんねぇし…」
「なにが…」
「…女の抱き方」
女の抱き方…。
女関係が無かった良…。キスも初めて。
やっぱり抱くのも初めての良は
「…下手だろうな、って自分でも分かるし」と、すごくとりこになるキスを持っているのにそんな事を言う。
「あのね、私…良くんにさわられるだけで嬉しいから…」
「…」
「痛くても、さわられたら…幸せだと思う」
「…俺とすんの、トラウマになったらどうすんだよ」
「ならないよ、だってこんなにも良くんが大好きなのに」
「お前、いつになったら良って呼ぶんだよ」
くすくす、と、笑った私は「甘える時は良くんって呼ぶの」と、
世界で一番、大好きな恋びとに抱きつく…。
「さみぃ?」
「ううん、」
「怖い?」
「ううん、」
「痛くねぇ?」
まだ肌にふれているだけなのに、痛いも何も無い…。良がふれるだけで、身体が熱くてたまらない…。ドキドキ…する。
もっとさわってほしい…。
「お前、本当に俺の事好きなのな」
薄暗い部屋で、意地悪く笑った良の顔が見えて、嬉しさの反面、恥ずかしさのせいで顔を逸らしてしまう。
ふれられるだけで気持ちいい…。
このまま良に身を任せてしまえば、私はどうなってしまうんだろうか…。