はるか【完】
人格
私に制服を返そうとしてきたけど、私はそれを受け取らなかった。

だから裕太のスウェットで、近くのコンビニに裕太と手を繋いで行った。


「学校行こう?」という裕太が、分からなかった。部屋から出るなって言ってきたのは、裕太なのに。
私が部屋から出たら、怒るのに。
私は裕太を怒らせたくないだけなのに。

なんでそんなに、私を出そうとするのか。



「遥⋯」


今日も、裕太は私を抱かない。

ただ、腕枕している手で、私の頭を撫でるだけ。


「裕太⋯」

「うん?」

「怒ってないの⋯?」


私が薄暗い部屋で裕太を見つめる。


裕太は静かに笑って、「怒ってないよ⋯」と、やっぱり頭を撫でてくる。


「なんで?」

「⋯遥」

「私としてないのに、なんで怒ってないの」

「⋯うん⋯」

「ほんとに怒ってない⋯?」

「怒ってない、⋯好きだよ、遥」


腕枕していない反対の腕で、私を抱きしめる裕太。


「私も大好きだよ」


裕太の背中に腕を回す私は、裕太が怖い。ずっと怖い。これから先、その気持ちは変わらない⋯。



薄暗い部屋の中、目を覚ますと裕太が私を抱きしめながら眠っていた。私が目を覚ました原因は、部屋のどこかで音楽が流れているからで。

私のスマホではない着信音。
だから多分、裕太のスマホが鳴っていて。

切れては鳴り。
切れては鳴りの繰り返しの電話は、一向に止む気配は無く。




「⋯裕太、電話なってる」


私が声をかけると、裕太はすぐに目を覚ました。「いいよ⋯出なくて⋯」と呟いた裕太は、私を抱きしめる力を強めてきて。


それでも鳴り止まない電話。

裕太が起きてから10回ほど電話がなった時、「うるさいな⋯⋯」という裕太が、少しだけ体を動かし。


「ちょっとまってて」


裕太が優しくそう言ってきて、ゆっくりと腕枕していた私の頭の下から、腕を抜けさせた。


机の上に置いたままだったスマホを手にとった裕太は、もう一度ベットに腰掛け。


「4時って⋯⋯」


呆れたように呟いた裕太は、スマホを耳に当て「⋯なに?」と、少しだけ寝ぼけている声を出した。

どうやら、今はもうすぐ明け方の4時らしく。



「はあ⋯?」

『―――、―――』

「何時だと思ってんだよ、家にいるっつーの⋯」


真夜中でシーンとしているからか、スマホから少しだけ声が聞こえた。
男の声。
多分これは、潤くんの声だ。


「⋯は?」


少しだけ起きたのか、裕太の声が低くなった。



『―――出てこい』


電話越しで潤くんの声がそう聞こえた時、真夜中の部屋に―――ピンポーンという、チャイムが流れた。



裕太は顔を顰めた後、電話を切り、舌打ちをしたあと、「ちょっとまってて」と私に向かって言うと裕太は重たそうな腰をあげ部屋を出ていく。


インターホンが鳴るってことは、誰かが家に来たということ。
多分、潤くんだろうとすぐに分かった。



こんな事は初めてだった。
ずっと裕太の家に泊まっていたけど、真夜中に潤くんが来るとか、初めてで。


五分ほどベットの中でウトウトと裕太を待っていると、突然、静かな家の中をバタバタと歩く音が聞こえて。


その音がやんだと思ったら、裕太の部屋の扉が開く音が聞こえて。


「莉子!いた!!」


潤くんの大きな声が、部屋に響きわたり。


「遥っ!!」


懐かしいと思うほどの莉子の声が、耳に届き。


部屋の中に入ってきたと思ったら、いつの間にか莉子は私の顔を両手で掴んでいた。


「あ、あんた⋯、なんでこんな⋯痩せてるわけ⋯?」


こんなにも戸惑った莉子は初めて見る程で。私は「⋯え?」と声を漏らす。

ってか、なんで莉子がここにいるの?

潤くんと一緒に来たの?

どうして―――⋯。



戸惑った顔から、怒りの顔つきに変わった莉子は、私に背を向けてきて。
この部屋の持ち主の方に振り向くように、私に背中を向けた。


「裕太くん、どういう事? まさか遥のこと、閉じ込めてたの?」


聞いたこともないぐらいの莉子の怒った声を聞いた時、部屋の中にいた潤くんが、裕太の胸ぐらを掴んでいて。


「どうなんだ、答えろ」

裕太の胸ぐらを掴んでいる潤くんは、莉子と同じように低く、怒っている声を出していて。


何も言わない裕太に、潤くんは肯定ととったらしく、「お前、何してんのか分かってんのかよ!!」と、部屋の中に響き渡るほどの怒鳴り声をだし。


それでも何も言わない裕太は、「たまり場にも来ねぇし、女閉じ込めて⋯何してんだよテメェはよ!!」という潤くんに黙り込んだまま。




「莉子⋯?」


私がポツリと呟くと、莉子は私の方を向き直し。


「遥、大丈⋯、⋯ちょ、なにこれ⋯」


莉子は突然、私が着ているブカブカな裕太のスウェットの首元をめくった。

なにこれ?

え、なに?


そう思ってそこを見ると、首と肩にかけて、少しだけ赤くなっていた。

そこは多分、裕太に私が動かないよう掴まれていた場所で⋯。


莉子は顔色を変えると、布団を剥がし、遠慮なく私のスウェットのお腹部分をめくった。


「な、によ⋯これ⋯」


そこにあるのは、腰を掴まれすぎて青く変色してしまった皮膚があり。


「⋯だ、れにされたの⋯」

震えた莉子の声。



「お前か」

私の体を見た潤くんの低い声が、部屋に響き。



「ッ、何してんだよ!!!」

全く否定しない裕太の頬を殴り飛ばした潤くんは、床に膝と手のひらをついた裕太をまた殴るために、「立てやコラ」とまた胸ぐらを掴む。



「遥、他は?どこも怪我ない!?」

「莉子⋯」

「最低⋯⋯、女の子に⋯ありえない」

「莉子、なんでここにいるの?」

「なんでって、あんたを探してたんでしょ!?」



私を?


「なんで⋯?」


「あたし、遥全然電話でないし!ずっと裕太くんと遊んでると思ってたのに!!」

「⋯」

「ありえない⋯っ」

「⋯」

「あいつがいなかったら、ほんと⋯!」

「あいつ⋯?」

「あいつが言ってきたの!」

「え?」

「今すぐ遥を連れてこいって!」

「⋯」

「高島良よ!!あの目付き悪い男!!」



莉子がそう言った時、胸ぐらを掴まれていた裕太の視線が、少しだけ上へ向くのがわかった。


良くん?

なんでここで、良くんが出てくるの?



どうして良くんが、莉子たちに私を連れてこいなんて言ったのか⋯。


「なんで⋯、あいつが遥の事を呼ぶんだよ⋯」


ポツリと呟いた裕太は、掴まれていた潤くんの手から、無理矢理引き剥がし。


裕太は私がスマホを好きにしていいと言ってから、1度もさわらなかった私のスマホを手に取った。

電源を入れたのか、スマホが少しだけ光り。



「⋯裕太⋯?」


お前、何してんだ?って感じで、潤くんが裕太の名前を呼ぶ。


裕太は私のスマホを感情のない顔で操作していると、突然、「はは⋯」と乾いた笑い声を出した。


「遥⋯、これ、最後のやつ、誰の番号?」


多分、裕太は1番新しい通話履歴を見たのだろう。⋯私がかけた、良くんの電話番号を。

「暗記でもしてた⋯?」


裕太の声は、すごく泣きそうな声だった。
裕太は気づいている。

私が良くんに、電話をかけたのだと。



「おい、裕太⋯?」

「意味、分かんない⋯。遥、どういう事?何があったの?」


莉子と潤くんが、私や裕太の顔を見るけど。

裕太はそれ以上、何も喋らなかった。




「潤、裕太くんのこと任せてもいい? 私⋯遥と帰るから」

「⋯分かった、また後で連絡する」

「うん、行こう?遥」



莉子が手を差し伸べてくる。

でも、私はその手を掴めなかった。


―――莉子ちゃんがどうなっても⋯

そう言っていた裕太を思い出せば、莉子の手をとることが出来なかった。


「私は裕太といるから」

莉子の手を掴まず、笑ってそう言ったとき、思いっきり眉を寄せて怪訝な顔をした莉子は、「ちょっと遥」と不満な声をもらす。



「帰って莉子」

「はあ?」

「帰って!」


私が叫びながら言ったあと、「そんなアト見せられて帰れるわけないでしょ!!」と、莉子の大きな声がかえってくる。


そうだとしても、私は―――⋯。

裕太といることを、決めたから。



裕太を好きになると。


裕太の機嫌が悪くならないように、怒らないように。裕太が無理矢理、私を抱こうとしないように。


―――その時、裕太が私のスマホを机に投げ捨てた。

ガタンッと、鈍い音が部屋に響きわたり。



「遥もそう言ってんだし、帰れよ」


ぶっきらぼうに言った裕太は、私の方へゆっくり歩み寄ってきて。
ベットに腰掛けると、ブカブカなスウェットを着ている私を引き寄せてきた。まるで、莉子から取り戻すように。


「遥が、ここにいる事を望んでるんだからな」


な?


と、私にアイコンタクトしてくる、
私を見つめる裕太は、泣いているように見えた。


「本気なの遥」

「うん」

「裕太、いい加減にしろよ」

「何が?」

「いったん連れていく、あの人が呼んでるからな」


私を呼んでいるらしい良くん⋯。


「無視しろよ」


裕太が乾いた笑いを出す。


「はあ?出来るわけねェだろ!」

「もういい、俺抜けるし、溜まり場には行かねぇ」


抜ける⋯、その言葉の意味がすぐに分かった私は、少しだけ心の中で驚いた。


「抜けるって⋯、お前⋯、ふざけてんのか?」


私の予想通りだったらしい。裕太が言っているのは、暴走族を辞めるということ。
幹部候補だったらしい裕太。
あんなにも、走ることが好きで、友達同士でバイクをいじることが何よりも楽しそうだったのに。



「ふざけてねぇ」


裕太が低い声で言うと、潤くんが部屋の中にある何かを蹴った。


「何言ってか分かってんのかよ」

「ああ」

「いい加減にしろよ?」

「抜ける」

「裕太!!」

裕太が私を引き寄せているから潤くんの顔が見えない。でも分かる。すっごく怒っていることを。
そういう雰囲気が出ているから。
すぐにでも殴りかかってきそうな雰囲気。



「帰るぞ莉子、話になんねぇ」

「ちょっと潤⋯」

「裕太、おめぇ、女とって俺らを捨てたって事だな」

「ああ」

「抜けんなら、ケジメぐらいつけろや」

「分かってる」

「マジでクソだな、ありえねぇ、死ねよ」

「潤!言いすぎ!」

「帰るぞ、こんな奴の顔なんか二度と見たくねぇ」

「ちょ、ちょっと潤!」



潤くんが、莉子を無理矢理ひっぱり、部屋を出ていく気配がした。

ドスドスと、乱暴な足音。


それを聞きながら、私は裕太を見つめた。

あんなにも潤くんに低い声を出し、潤くんを拒絶したのに。


やっぱり裕太の顔は、泣いているようだった。

「⋯―――祐太?」

私が名前を呼ぶけど、裕太は私に目を向けない。



「別にいいのにな、遥が何しても」


裕太が悲しそうに呟きながら、私から体を離し、そのままベットの上に寝転がるように横になった。



「俺らもう、別れてんだし」

「⋯」

「遥にあんな事しといて、良くんに連絡すんなって文句、言えねぇのにな」

「⋯」

「けど、やっぱりムカついてしょうがない⋯。なんで良くんなんだって、そういう考えが止まらない⋯」

「⋯」

「潤まで怒らせて、何してんだろうな⋯」


そう言うと、裕太は私の左手を手に取った。


その左手の薬指には、いつの間にか裕太によってハメられている指輪があり。



「遥さ? 良くんのどこを好きなったの」


まだ、裕太は私を見ない。

裕太の視線は、私の左手の薬指にあった。


どこを好きになった⋯。
良くんを⋯。



「清光の生徒がね、電車の中で騒いでたの」

「うん」

「席も占領されてて、他の人は座れなくてね。本当に困ってた。注意しようにも、清光はいい噂きかないし。それに1人2人じゃなかったから、同じ車両にいるみんなが心の中で「関わりたくない」って思ってたと思う」

「⋯うん」

「でも、清光の怖い生徒に「どけ」って、注意してくれる人が⋯現れた」


今でも、鮮明に思い出す。

綺麗な黒髪を。


「⋯それが、良くん?」

「うん、今思えば一目惚れだったのかもしれない⋯」

「そう⋯」

「それだけ、会ったのは。だから溜まり場で彼がいるって分かった時、本当にびっくりしたの」

「うん⋯」

「本当に⋯、良くんがいるって知らなかった⋯。裕太と付き合ったのは、良くんに会えるからじゃないよ」

「うん⋯」


私は裕太を見つめるのに、裕太は私の薬指にある。

俺を好きだと思った時に、つけてほしいと言っていた指輪。

「裕太?」

「⋯なに?」

「やめないでよ」

「⋯」


族を。
族って言わなくても、裕太なら分かると思ったから。私は「やめないで」と口にする。


「もう私、良くんと会わないから。電話もしない。本当に。諦めるっていう言い方はおかしいかもしれないけど⋯、私は裕太のそばにいるから」

「⋯」

「バイクに乗ったり、潤くん達とすごく楽しそうにしてる裕太を見てて⋯いいなって、本当に思ってて」

「⋯」

「抜けるって言ったのは、彼に会いたくないからでしょ?」

「⋯」

「やめないで、私はもう溜まり場には行かない。絶対⋯裕太を裏切ることはしないから」

「⋯」

「裕太、こっち向いて」


私は、裕太の頬へと手を伸ばす。

やっぱり泣きそうな顔をしている裕太は、やっと私の顔を見てくれて。



裕太は私の左手を、強く掴んだ。

そして、「⋯外さないで欲しい⋯」と、苦しそうに呟く。

外さないで欲しい。

指輪を。

2人のお揃いの指輪を。


「けど、遥にあんな顔させたい訳じゃない⋯」

あんな顔、二度と見たくねぇ⋯と。


そう呟いた裕太は、少しずつ、私の左手を握る力を弱めていき。


「⋯ほんとに、ごめんな⋯」


裕太の指先が、薬指にふれる。

薬指から指輪にふれた裕太は、その指先に力を入れて。


「終わりにしよう、遥」


光る指輪が裕太の手に戻った時、私は涙を流していた。
泣きたいのは裕太なのに。
裕太の方が、辛いはずなのに。



もう、裕太は私を暴力で支配しないと分かっているのに。
指輪を取り戻そうとしない私は、やっぱり裕太より、良くんの事が好きなんだ。


「裕太⋯」

「さっき、莉子ちゃんにああいったのも、俺が莉子ちゃんに何かするって思ったからだろ?」

「⋯」

「しないよ」

「⋯うん」




薬指をみると、すこしだけ指輪のあとのが残っていた。



「朝になったら、家まで送るよ」


その台詞に、私はもう、否定しなかった。




2日たてば、指輪のアトが無くなった。

それから5日たち、体にあったアトも消え。




‘アト’が無くなった私は、制服姿で溜まり場とは真逆に位置する繁華街の方へと足を進めていた。


地元や学校内で知り合いにあった時、「いま何してるの?」と聞かれるのが嫌だった。

だから学校も行っていなく、溜まり場には近寄りもしていない。

莉子らしい番号の着信が何件か来ていたけど、私はそれを全て無視していた。


もう、多分、誰とも関わりたくなかったのかもしれない。


もちろん登録されている裕太からも、電話はなく。今裕太が何をしているのかさえ知らない。


溜まり場へ戻ったのか。

抜けたのか。

それを私が誰かに聞くなんて、出来ない。

そんな資格、私には無いから。




さすがは繁華街だからか。
というより、ここが清光高校に近い場所にあるからか。清光高校の生徒が沢山いた。


たまにナンパもされたりしたけど、私はそれをずっと無視してた。


これからどうすればいいんだろうという気持ちが、頭の中を支配する。

いつから学校へ行けばいいのか。
いつから莉子に連絡とろうとか。


そう思いながら時間つぶしのために本屋の中に入った時、見知った人を見つけた。


可愛くて、穏やかな雰囲気を持った女の子。

私の知っている中で、唯一、あの人の事を「優しい」と言った子が、目の前にいた。


―――真希ちゃん。


その真希ちゃんの横には、清光高校の制服を着た男の人が立っていた。

長身の、黒髪。

「真希」と呼ぶその人に、清光高校の制服は似合っていない気がした。私の知っている清光高校の生徒の外見と全く違うから。

サッカーとか、バスケをしてそうな爽やかな彼は、「お前、同じ本読んでなかったか?」と、横にいる真希ちゃんに話しかけていて。


「上巻だけ持ってる、これは下巻だもん」

「ふーん⋯」

「晃貴も読む?」

「読むかよンなちっせぇ字」


晃貴。

その名前は聞いた事があった。
清光高校の、穂高晃貴。
清光高校で2つの勢力で分けられている、そのトップのうちの、1人。

真希ちゃんの、男⋯。





「買ってくるから、入口で待ってて」

真希ちゃんがそう言って、体の向きを変えた。向けた先には、私が突っ立ってるままで。

真希ちゃんの視線は、私に向けられる。

私に気づいたらしい真希ちゃんは、「遥ちゃん!」と、嬉しそうに笑った。
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