はるか【完】
絶交
真希ちゃんを見た時に、どうしてその場を離れなかったんだろうと後悔した。

真希ちゃんに最後に会ったのは、嘘をついて真希ちゃんに良くんの番号を教えてほしいって言った日なのに。

裕太という彼氏が、その時はいたのに。

真希ちゃんの笑顔を見た瞬間、罪悪感が私を支配する。


「久しぶりだねっ」


真希ちゃんは買う予定の本を持ちながら、私に近づいてきて。

久しぶり⋯。

確か真希ちゃんに会ったのは⋯10月⋯、11月ぐらいで⋯。


「遥ちゃんも何か買いに来たの?」

「あ⋯ううん、適当に見に来て⋯」

「そっか。ほんと偶然だね」

「うん、ほんとに⋯」

「あ、この前言ってた彼氏っ」


真希ちゃんは笑いながら、数歩後ろにいる穂高晃貴を見上げた。

さっきは笑っていたのに、穂高晃貴は私に目を向けると「どうも」と、少し無愛想な感じがした。


私はそれに対して軽く頭を下げる。


「真希ちゃん⋯、この前はごめんね。急に行っっちゃって」

「ううん、私こそっ、あ、良くんから連絡きた? 番号教えてって言われて⋯」

「⋯うん⋯」

「良かった」


にこにこと笑う真希ちゃんに、すごく申し訳ない。

私が良くんを好きだと知っている女の子。真希ちゃんは、私の恋を応援してくれているらしい。⋯でも、真希ちゃんは何も知らない。

私が最低最悪の人間だってこと。


「高島と知り合い?」


その時、穂高晃貴が真希ちゃんに話しかけていて。


「うん。この前聖君の忘れ物を届けに行ったでしょ?その時に会ったの。だから良君のことも知ってて⋯」

「⋯で?高島の番号が何」

「遥ちゃんと良くんの番号交換の仲を取り持っただけだよ」

「ふーん⋯、つーか、買いに行かねぇの? 映画5時半からだろ。あと20分で始まる」

「え、ほんと?買ってくる! 遥ちゃんまた連絡するね!」


笑顔で手をふる真希ちゃんは、レジの方へと向かい。私はその可愛い後ろ姿の真希ちゃんを見つめていた。


もう本はいいやと、引き返そうとした時、「⋯なあ」と、低い声で話しかけられた。

その声の主は、真希ちゃんの彼氏である清光高校の穂高晃貴だった。

その男に顔を向ければ、爽やかな表情とは違い、少しだけ鋭い目が私を見つめていた。


「真希と仲いいのか?」


そう言われて、戸惑う自分がいた。

会ったことがあるのは、3度。

初対面の時は、お辞儀ぐらいで。

2度目は私が真希ちゃんを待ち伏せし。

3度目は、今。


答えられない私に、「言い方変えるわ」と呟き。


「真希をどう思ってる?」


穂高晃貴は、よく分からない事を言ってくる。



どう思ってる?
どう思ってる、とは?


「可愛い⋯、女の子らしい子⋯」


真希ちゃんの外見を口にする私は、レジで会計している真希ちゃんを見つめた。



「そうじゃなくて、あいつ、浮いてねぇかって話」


浮いてねぇか?


「山本んとこで」



山本⋯。


そう言われて、やっと理解できた。



真希ちゃんは聖さんの、彼女の、妹。

どちらかというと、妹である真希ちゃんは、聖さん側だった。

それなのに、真希ちゃんは敵である清光高校の穂高晃貴を選んだ。


真希ちゃんが来た時、みんなが戸惑って、敬語で話していたことを思い出す。

浮いている。
そんな事、思わなかった。

私はそれよりも、どうして真希ちゃんが、良くんと仲がいいのって思ってて。

自分のことしか考えてなかったから。



「浮いてない、っていえばウソになります⋯」


だって、真希ちゃんは敵だから⋯。



「けど、1人でも、真希ちゃん自身を見てくれる人がいれば、それでいいと思いますけど」


穂高晃貴が、レジにいる真希ちゃんを見つめる気配がして。


「真希ちゃんが心配ですか?」

「⋯⋯全員が、いいと思うわけねぇしな⋯」



いいと思うわけがない。

それもそうだと思った。


だって、私も思ったから。


敵である穂高晃貴と付き合うなんて、
それっていいの?って。


「大丈夫ですよ」

私がそう言ったとき、穂高晃貴の顔が、私に向けられる。



「例え浮いていても、真希ちゃんを守ってくれる人が、あそこにはいるから⋯」


ああ、だからか。
自分がそう言って、気づく。


だからあの時、良くんは真希ちゃんを見つけた時、すぐに駆けつけて⋯。
誰にも文句を言わせないように、真希ちゃんを1人にしなかったんだ。



「高島か⋯」


真希ちゃんが言っていた。
私の彼も、良くんとは仲良いの。と。


「お前、高島に気ぃあんの?」

「⋯」


私はその言葉に、否定しなかった。
だってもう、バレていると分かっているから。


「さっき、溜まり場で会ったって言ってたけど、どういう事か教えてくれよ」

「⋯え?」


どういう事?
どういう事って⋯。


「あっちは、メンバーの女しか入れねぇだろ。そういう決まりだろ?お前、誰かの女しといて高島に気ぃあるって、どういう事か教えろよ」


メンバーの女しか入れない。
なぜ、それを穂高晃貴が知っているのか。
やはり清光高校のトップの、1人だからか。

メンバーの女だけじゃない。

身内も入れる。

そうでないと、真希ちゃんも入れない事になるんだから。

なのに、彼の中では私が誰かの女だと確信してるらしい。良くんの女ではなく。


「あなたには⋯関係ない」


真希ちゃんがこっちに近づいてくる姿が見え、私は足を進めようとした。



「疑わしきは潰すってのが、俺の決まりなんだよな」


疑わしきは潰すって⋯。

近寄るなと言われている清光高校の、トップの1人。

悪魔のように笑っているけど、この人なら本当にすると思った。



真希ちゃん⋯
どうしてこんな悪魔と付き合っているのか⋯。
すっごく疑ってくる男⋯。

まあでも、さっきの真希ちゃんを心配そうに聞いていた限りでは、真希ちゃんの事を好きなんだろうけど。

信用ならないやつには、悪魔というわけか⋯。



「あなたと付き合うのは、大変そう」


穂高晃貴を睨みつけながらそう言ったとき、「お待たせ」という、真希ちゃんの可愛い声が聞こえた。

真希ちゃんの登場によって、一気に雰囲気が変わったような気がする。



「行くぞ」

穂高晃貴が真希ちゃんの肩に腕を回し、もう私は用済みなのか、出口の方に向かう。


「あ、ちょ、ちょっと、またね、遥ちゃん」

「うん、バイバイ」



私は笑顔で真希ちゃんに手をふった。

もうお互いが連絡しないかぎり、会わないと思われる真希ちゃんと、⋯悪魔の男。


もう、偶然に会わないと思っていた。

会わないと思っていたのに。





その悪魔は、再び私の前に現れた。

その日の夜、私は終電で自分の家に帰った。

そして、家の前にいる人物を見つけた時、私は仕方ないか⋯って思った。

全然、電話に出なかったから。


「遅いし!」


そう言ったのは、不機嫌にしている莉子だった。莉子は「やっと見つけた!」と、ズンズンと私に近づいてきて。



「教えてくれるまで、帰らないからね!!」

「別れたって聞いたけど!!」

「裕太くん、全然教えてくんないし!!別れたってだけだし!!」

「何があったのよっ!!」



もう家の周りはシーンとしているのに。

莉子の怒鳴り声は止まらない。



「あいつも遥の事聞いてくるし!!なんなのほんと!!」

「あいつ⋯?」

「高島よ!高島っ!!」


良くんが、なぜ⋯。

なぜ、私の事を聞いてくるのか⋯。

というより、こんなにも不機嫌な莉子を見るのは初めてで。


「⋯無視して、その人のことは」

「出来るわけないじゃん!! 怖いのに!! だいたい何で遥の事を気にするわけよ!?」

「⋯さあ⋯」

「裕太くんと別れた理由は!?」

「私に好きな人がいるから」

「好きな人!? 好きな人っ⋯⋯は?」


私はゆっくりため息を出した。

もういい⋯。

バレても。


もう、私は裕太とは関係ないし、良くんとも会わないのだからと。


「どういう事よ!!」

「そのまんまだよ」

「好きな人って、遥が浮気したってこと!?」

「うん」

「はあ!?」

「それで裕太が怒ってたの。それだけ」

「怒っ⋯、いや、まってよ。は!?」

「もう家に入っていい?」

「いやいや、遥が浮気って⋯、なんで?裕太くん、めっちゃいい男じゃん。ありえないんだけど」

「だね」

「だねって、何それ、馬鹿にしてるの?」


どんどん、怒っている顔つきになっていく莉子。


「もう裕太と付き合わないし、溜まり場にも行かない」

「遥!!」

「気が向いたら学校は行くから」

「ふざけないで!!」

「ふざけてないよ、さっきの彼も無視して」

「遥っ!!」

「もういいの、ほっといてよ!莉子には私の気持ち分かんないよ!!」


逆ギレだった。

莉子は全然悪くないのに。


「気持ち分かんないって⋯、遥が何も教えてくれないからじゃん!!」


ほんとに、その通りなのに。


だって、良くんが好きだって言ったら、莉子は何で?って思うでしょう?

有り得ないって思うでしょ。

よりによって、何であいつ?って思うでしょ。

そんなの、もう、聞きたくないし。



もし、もしね。そう思われても。

私が良くんと付き合うようになったら⋯。

裕太に何かされるかもしれないんだよ、莉子が。


もうしないと、
終わりにしようって、裕太は言っていたけど。

西高の男を怒らすなって言ったのは、莉子なんだよ。



「どいてっ」

「遥!」

「もう連絡しないで!ウザイのっ」

「はあ!? 何よそれ!!」

「もっかい言うわ、ウザイ!!」


夜道に、私の叫び声が響く。


その声が響いたあと、莉子の噛み締める音が、耳に入ってきた。


「あっそ⋯、もういい、遥とは絶交だから」

「⋯」

「⋯最悪、マジで最悪」



私はその言葉を無視して、家の中に入った。

最後の莉子の顔さえ見なかった。



「――心配した私が馬鹿だった!!!」



次の日、私は学校に行かなかった。

もう、退学になってもいいやって思うほど。



その日の夜、私のスマホに1本の電話がかかってきた。番号を登録していないっていうのは、本当に不便だと思った。

未だに私のスマホには、母と、裕太の名前しか入っていないのだから。


スマホの番号には、全く見覚えが無かった。
莉子でもない。
ううん、莉子がもう私に連絡するはずがない。

この番号は⋯、彼でもない。



そう思った私は、「⋯はい」と電話に出た。
もし、裕太関連ならば、すぐに通話を切ろうと思った。


『あ、もしもし、遥ちゃん?』


電話でも分かるほど、可愛らしい声。というより、女の子らしい声。
電話の相手が真希ちゃんだとすぐに分かった。


そう思った直後、出なければよかった、少しだけ後悔した。


相手が真希ちゃんなら、乱暴に電話を切ることが出来ず。


『ごめんね、夜遅くに。ラインしようと思ったんだけど、遥ちゃんの、見当たらなくて⋯』


ああ、ライン⋯。
裕太が、アプリ自体を消したから。


「間違えて消しちゃって⋯。どうしたの?」

『あ、あのね、ちょっと聞きたいことあって⋯』


聞きたいこと?
真希ちゃんが私に?


昨日の穂高晃貴の会話を思い出す。


まさか、言ったの?

真希ちゃんに。


良くんを気になりながらも、他の男と付き合っていると。


『気のせいだったら⋯、あれなんだけど⋯』

「うん」


気のせい?


『晃貴⋯、遥ちゃんに何か言った?』

「え?」


何か?



『何か喋ってるなって思ったんだけど、遥ちゃん、ちょっと怖い顔してたから⋯』

「⋯」

『晃貴⋯、遥ちゃんに何か言ったのかなって。彼、少しだけ、性格悪いとこあるから⋯』


性格が悪い。確かに。
知ってるのに、付き合ってるの?



「⋯そんな事ないよ」

『ほんと?』

「うん」

『晃貴に何話してたのって聞いても、教えてくれないから⋯心配で』

「真希ちゃんの話だよ?こっちの溜まり場にいた時の真希ちゃんの様子聞かれて。真希ちゃんの彼氏、すごく心配してたよ?」

『え、ほ、ほんとに?』


嘘ではないから。

本当の事だから。



ごめんね、真希ちゃん。


「真希ちゃんに教えなかったのは、照れてたんじゃないかな」

『そ、んな⋯こと。本当に?』

「うん」

『そ、そっか⋯、ごめんね、急に⋯電話して』

「ううん、大丈夫だよ」


なんでこんなにもいい女の子が、あの悪魔と付き合っているのか。

疑わしきは潰す⋯。


『遥ちゃん、良くんとはどうなったの?』



唐突に聞かれ、私は体が固まったけど。すぐに笑い声をだす。「諦めたよ」と。


『そうなの⋯?』


悲しそうな真希ちゃんの声。


「うん」

『そっかあ⋯』

「ごめんね、真希ちゃん、協力して貰ったのに」

『ううん、それは⋯、本当にもういいの?』

「うん」


本当はまだ好きだけど。
すごく会いたいけど。


私はもう、良くんとは会わないから。

裕太との、約束だから。


『またね、真希ちゃん』



もう、真希ちゃんとも関わらない。
真希ちゃんと関われば、良くんに会うかもしれないから。

偶然、奇跡的に、会ってしまうかもしれないから。




そう思った私は、真希ちゃんの番号を登録しなかった。



もうこれからは、今から知り合う人達しか、番号を登録しないと。

もし、登録されていない番号が表示されれば、出ないと決めた。


例えそれが、良くんの番号だったとしても。
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