私は幼馴染の双子の兄の方が好きなんです
6限目のチャイムが鳴る。
隣のクラスで椅子の床をする音や、喧騒が上がる。
ちょっとうらやましいな。
だってうちのクラスは......。
私は黒板の方を見る。
竹谷と目が合う。
急いで机の上に開いた教科書に視線を落とす。
......。
カチッ。
時計の長針がひとつズレる。
私は一体どうしたらいいんだろう。
みーくんとどう向き合ったらいいんだろう。
勿論まーくんともだけど、そこは何故かあまり不安にならない。
まーくんとは距離が狭まらないし、まーくん側からも私を慕ってくれてる気がする。
だから、私はまーくんを弟のように感じ、まーくんの前ではお姉さんとして昔から私がしっかりしなきゃと思っていた。
私とまーくんの間にある点と点を繋ぐ線は太くて、気を遣う気を遣わない、そんなこと言わなくていいくらいに頑丈で、もう切れることはないと思う。
まーくんの前ではきっと私は幼馴染として居続けることができる。
カチッ。
時計の長針がまたズレる。
......。
きっちり5分が過ぎたとき
「来週はテストをするからな」
そう言って竹谷は出ていった。
竹谷が出ていくと、私たちのクラスも少し遅れて騒がしくなる。
私は教科書を整理してカバンに詰め込む。
掃除当番が机を後ろに押していく。
私も邪魔にならないようにそそくさと退出した。
教室を出ようとしたとき、入ってこようとした大きな誰かにぶつかる。
「あっ、ごめん」
「あっ、ごめんなさい」
私がよく知っている声で、思わず顔を上げる。
相手も私に対してそう思ったみたいで、目が合う。
「まーくん」
「ねここちゃんだ」
まーくんは笑顔で言った。
「まー......」
私はそう声をかけようとして、口ごもった。
体育の教室でひそひそ言われたこと――「見せつけてるんじゃない」「やな女」が反芻される。
私は逃げるように、「じゃあね」とだけ言って去る。
ガシッ。
去れなかった。
まーくんは、私の肩をがっちり掴んで止める。
きっと逃げることができない。
諦める。
「どうしたの?」
私はあっけらかんと言った。
「ねここちゃんに自慢しに来たんだ」
まーくんは意気揚々としている。
「何を自慢してくれるのかな?」
「えええ、僕の勇姿をみててくれなかったのーー?」
「ああ、もしかして」
「酷いな、そこしかないよ。今日の体育、僕、兄貴のチームに勝ったんだよ」
まーくんはえっへんと胸を張る。
「すごかったね! おめでとう」
「ホント? ありがとう」
「ホントホント」
本当にそう思う。
昔のまーくんを考えたら、今日の活躍はすごい成長だもん。
「ねここちゃんのおかげだよ」
まーくんが笑顔で言った。
どうして私のおかげなんだろう。
「そんなことないよ、まーくんが頑張ったからだよ」
「頑張れたのはねここちゃんのおかげだよ」
私は思い当たる節がこれといって思いつかなかった。
するとまーくんは答えをいう。
「今朝の快便、お昼ごはんのエビチリ、試合中の応援、この3点がシナジーを起こして、結果につながったんだ」
「最初のは私関係ないようーー」
「そんなことないって! いいご飯を食べたからだよ」
いいご飯と言ってもらえるのは嬉しいんだけど、それを快便と繋げられると、ちょっと恥ずかしいよ。
「それに...... あの一言で、僕の迷いを吹き飛ばし、決意を固めてくれたからね。兄貴に対して本気になれる決意」
どこか含みを感じる言葉。
まーくんは優しい笑顔でそう言った。
「でも、ちょっといつものまーくんと違ったね」
「そうかな?」
「私、あんな真剣なまーくん初めて見たよ」
「たまには本気にならないと、体がなまっちゃうからね」
なんというか、体がなまってしまうからとか、そんな気迫じゃなかった気がするけど。
それでも、今話してみて、いつものまーくんっぽくて安心した。
「じゃあ、それじゃあ、また放課後デートしようね」
まーくんはそう言うと、右手を挙げて去った。
その背中の襟元からタオルがはみ出ている。
背中タオルだ......。
シャツの中に広がるように掛けられたタオル。
あれをまーくんに教えたのは私だ。
私も幼い時よくやっていたっけ。
でも、途中で恥ずかしくなって、私はタオルを首にかけるようになった。
やっぱり、まーくんはまーくんだ。
教室の方から、女子の視線を集めてるような気がした。