彷徨う私は闇夜の花に囚われて



だから、思ったことを口に出してみた。


「謝らなくていいのに……」


私がよっぽど物欲しげな顔をしていたのか、樹くんはふっと息を漏らし僅かに口角を上げて。


「初日だから」


瞬きを忘れていた私のまぶたを閉じさせるように。


そっと、触れるだけのキスを落とした。


一瞬触れただけの柔らかな感触。


実際はほとんど温度を感じなかったのに、目を閉じればいつでも温かなその熱を思い出せそうで。


初めての大人な行為に恥ずかしさを覚えながらも、胸がいっぱいになった。


お互いの視線が交わり、お互いがお互いしか見えていなかったその時間。


私たちの想いは重なり合っていたように思う。


普段とは少し違った様子の樹くんに、自分への自信すらも抱いた。


だけど……私が深く傷つく前にちゃんと確認するべきだったって。


はっきりと気持ちを言葉にしてもらうべきだったって。



別れた今となっては、すごく後悔している。



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