冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 紀香の目はもはや蝶子を通して別の誰かを見ているようで……蝶子は対話などとても不可能であることを悟った。狂気にのまれた紀香はゆっくりと蝶子に近づき、そっと耳打ちする。

「あの男が本気で自分を好きだとでも思ってるの? あんたはね、ただ男の支配欲と性欲をくすぐるだけよ。それを愛だと勘違いしているなら、かわいそうね」

 蝶子はぎゅっと目を閉じ、両手で耳を塞ぐ。それでも紀香の声は直接脳に響いてくる。

「彼もすぐに後悔するわ。あんたの策略にまんまとはめられたことをね」
「や、やめ――」
「お腹の子、あんたと同じような人生にならないといいけどねぇ」

 ガタガタと震える身体を蝶子は必死に抱き締め、冷え切った二の腕をさすった。

(違う、違う。私はこの子を捨てたりしない。晴臣さんは私を……)

 いつ紀香が帰ったのか、自分がいつ部屋を出たのか、蝶子はまったく覚えていない。気がついたときには、ぼんやりと駅前をさまよい歩いていた。

 
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