冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 ふと、蝶子は自身のお腹に視線を落とす。まだぺたんこのお腹、だが、ここにはたしかに新しい命が宿っているのだ。

(この子は今の私を見てどう思っているだろう)

 そんなことを考えていたら、はらはらと涙がこぼれ落ちる。弱く未熟な母親である自分が情けなかった。本質的な問題は、紀香でも沙良でも晴臣でもない、自分の気持ちと決断に自信を持てない蝶子の弱さがすべての元凶だ。

『誰がなんと言おうと、晴臣さんと結婚する。晴臣さんと我が子を絶対に幸せにする』

 そう強く言いきれる人間になりたいのに、現実の蝶子は紀香の前で泣き崩れるだけのいい子ちゃんぶった女だ。

(紀香さんの気持ち、少しわかる。私だって私みたいな女は好きじゃないもの)

 自嘲するような笑みが蝶子の唇から漏れる。

(私は妊娠で彼の人生を縛ってしまったのだろうか。晴臣さんはいつか後悔するのかな)

 答えの出ない問いが蝶子の頭をグルグルと回り続けた。ふと、蝶子の視界の隅におかしな人の姿が映り込んだ。いい大人なのにぴょんぴょんと跳ねながら大きく手を振っている。

「え……あれって」

 すっかり自分の世界に浸っていた蝶子の頭が現実の街に引き戻されていく。

「吉永先生?」
「おぉ、ちょうどよかった! 今、電話しようと思ってたんだよ」

 沙良と蝶子は駅前広場のベンチに並んで座る。

「どうして吉永先生がここに?」
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