冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
「でも、我ながらかっこいい登場タイミングだったんじゃない?」
「え?」

 沙良の手が伸びてきたかと思うと、少しごつごつした親指が頬に触れた。沙良がぐっと蝶子に顔を近づけて言う。

「なんで泣いてたの?」
「いや、えっと」
「隠してもバレバレ。まだ乾ききってないもん」

 蝶子の頬には、さきほどの涙の痕が残っていた。黙りこくってしまった蝶子に沙良は優しい声をかける。

「話してみたら? 俺みたいにそう親しくない相手のほうが話しやすいこともあるだろ」

 沙良の優しさにほだされて、ぽつり、ぽつりと蝶子は胸のうちを明かした。

「強くなりたいって思うんですけど、がんばろうとすればするほど弱い自分が見えてきちゃって……これまで努力してこなかったツケなのかな。難しいですね」

 くしゃりと顔をゆがませて、泣き笑いのような表情を蝶子は沙良に向ける。ふいに、彼の腕が力強く蝶子の肩を抱く。ぎゅっと抱きすくめられて、なにがなんだかわからずに蝶子はパチパチと目を瞬かせる。

(え……どうして吉永先生が……)

 はっと我に返って、慌てて彼の身体を押しのける。沙良自身も自分の行動に戸惑っているような顔をしている。ふいと視線をそらしながら、彼は早口で言う。

「悪い。なんか放っておけなくて」

 彼になんと言ったらいいのかわからない、でもこのままこの場にいてはいけない。蝶子はそう思って、立ちあがった。その瞬間、蝶子は背中に温かな重みを感じた。彼女が振り返るより先に鋭い声が肩をこえていく。

「俺の妻になる女になんの用だ?」
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