冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 だが、肝心の沙良が蝶子の努力を無にしてしまう。

「あるよ、下心。あわよくば、彼女を踏みとどませることができるかなって思った」
「吉永先生! なんてことをっ」

 いつもの彼の冗談なのだろうが、晴臣は彼の人となりを知らない。この場でそんな冗談は通用しない。

(あぁ。吉永先生ってば、そんな本気みたいな顔しちゃって……いったいなにを考えているのか)

 絶望的な状況に蝶子は頭を抱える。沙良はゆっくりと、蝶子の背中を抱く晴臣に近づく。ふたりの前でぴたりと足を止めると、低い声で晴臣にささやく。

「あんたさ、悲劇のヒロインを救う自分に酔っているだけじゃないよな? 同情と愛情は一見似てるけど、まったくの別物だぞ」
「ご忠告をどうも。けど、そっちはどの立場でそれを言うんだ? 彼女の庇護者になったつもりか」

 いつだって余裕たっぷりの晴臣がこんなにもムキになっているところを蝶子は初めて見た。ふたりの間にある空気は張りつめていて、とても口を挟める雰囲気ではない。
 沙良は少し考えるそぶりをしてから、晴臣に答えた。

「俺は、彼女を自分のものにしたいわけじゃない。そういう下心はないよ。ただ、間違った方向に進んでほしくない」

 晴臣はふんと鼻で笑う。蝶子を抱き締める腕にぐっと力をこめ、沙良に見せつけるように蝶子の首筋にキスを落とす。

「は、晴臣さんっ」

 蝶子の顔はそれだけで真っ赤に染まる。

「土俵にあがってくる勇気もない奴の相手をする気はない」
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