冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 小夜子は幼い蝶子を捨てた。それは紛れもない事実で、公平や紀香は彼女を悪しざまに言う。でも、蝶子はどうしても小夜子を憎むことができないでいた。優しい声も温かい手も、今でもしっかりと覚えている。

「聞かれたくないことだったら申し訳ないんだけど……蝶子ちゃんもやっぱり小夜子さんがどうしているかは知らないの?」

 百合はやや声を落して蝶子に聞く。蝶子はふるふると首を横に振った。

「なんの音沙汰もないんです。どこかで生きているとは思うのですが……おそらく父も知らないと思います」

 ただ、小夜子が失踪したあとで公平が本気で行方を捜したとは思えなかった。『勝手なことをして』と憤慨し、半年も経たないうちに『新しい母親と妹だ』と平気な顔して紀香と七緒を家に住まわせた。もしかしたら、真剣に捜索すれば見つかるのかもしれない。だが、連絡がないのは『会いたくない』という意思表示なのかもしれないとも思う。紀香の目もあり、蝶子も小夜子との再会はほぼ諦めていた。

「そう」

 落胆したように百合はつぶやく。やや重くなってしまった空気を払うように高志が話題を変えてくれた。
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