冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 蝶子は困り果ててしまった。七緒が大学を中退することになるのは、さすがにかわいそうだ。だが……。

「私から有島さんに頼むのは無理よ……そんなことまでお世話になれない」

 七緒は激高し、ガタンと大きな音を立てて椅子から腰を浮かせる。憎々しげに蝶子を見おろし、声を震わせた。

「自分はいいとこの奥さんになったからもう知らないって? ずいぶん勝手だね! お母さんの実家が愛想をつかしたのは金銭トラブルがこれで二回目だからなのよ。一回目は誰のせいよ? あんたの母親のせいじゃない!」
「七緒ちゃ――」 
「もういい!」

 くるりと踵を返し、七緒はコツコツと高いヒールの音を響かせながら去っていく。周囲の好奇の目がいっせいに蝶子に注がれたが、とくに気にもならなかった。

(観月製薬が倒産危機……遠因はお母さんで……)

 唐突につきつけられた現実を蝶子は受け止めきれない。店を出て、とぼとぼと駅へ向かって歩いた。

 晴臣に話すべきか蝶子は迷っていた。観月製薬を援助するかどうかで、きっと彼は悩むだろう。彼はそういう人だ。

(迷惑をかけるばかりの私がこれ以上の厄介事を持ちかけるわけには)
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