冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 晴臣は眉をひそめて、やや言いにくそうに切り出した。

「君の実家を悪く言いたくはないが、今回のケースはただの引き抜きではない。君のお父さんは部下に反旗を翻されたんだ。報復といってもいいかもな」

 晴臣の言わんとしていることは伝わった。実際に蝶子の父、観月製薬社長である公平は、部下に慕われる経営者ではない。ワンマン気味なところがあり、敵を作りやすいタイプだ。

「かなり綿密に計画され、実行されたものに思える。法に触れて君のお父さんから訴えられないように、きちんと考え抜かれているよ」
「そう、なんですね」

 彼らのほうが一枚上手ということか。もっとも、彼らが悪で公平が被害者というわけでもあるまい。人心掌握は経営者には必須な能力で、公平にはそれが欠けていたのだ。
 晴臣はじっと蝶子を見据えて言う。

「去っていった社員を戻してやることはできない。彼らには職場を選ぶ権利があるから。ただ、有島病院としてではなく俺個人としてならできることがあるかもしれない。君が望むならできるかぎりのことはしよう」

 晴臣の優しさが胸にしみる。彼の存在が蝶子を強くしてくれる。蝶子は深呼吸をひとつして、まっすぐに彼を見つめた。

「晴臣さん。母のことを、私の過去の話を聞いてくれますか?」

 晴臣はうなずき、蝶子を椅子に座らせた。晴臣が腰をおろすのを待ってから、蝶子は語り出す。

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