冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 蝶子はおぼつかない足取りで小夜子のもとへ歩いてくると、すがりつくように彼女の身体を抱き締めた。

「お母さん……よかった、生きてたのね」

 晴臣が蝶子には敵わないと思うのは、彼女のこういうところだ。晴臣なら確実に恨み事か嫌みのひとつも言っているところだ。でも、蝶子は違う。蝶子は自分のことよりまず先に相手の境遇を思いやる。だから、公平にも紀香にも、そして小夜子にも負の感情をぶつけたりしない。

(弱々しく見えるけど、本当は誰よりも強いのかもしれないな)

「ごめん、ごめんね。蝶子」

 十数年ぶりに再会した母娘は、互いの無事を心から喜び大粒の涙を流した。
 青い顔でうろたえる公平とものすごい形相で蝶子たちをにらみつける紀香を無視して、晴臣は小夜子を蝶子の隣に座らせる。そして自分もすぐそばに腰をおろした。
 蝶子は戸惑いを隠せない顔で晴臣を見る。

「晴臣さん。どうしてお母さんを?」
「赤の他人の家庭に口出しする気はなかったが、あなた方が母親を盾にまだ蝶子を縛りつけようとしてくるから――」

 晴臣は公平と紀香を見据えて強い口調で言う。蝶子が縁を切ると決めた以上、彼らは晴臣にとって赤の他人であり気を使う対象ではない。
 晴臣は小夜子に視線を送りながら続ける。

「彼女にすべて聞きました。小夜子さんに罪があるとするならば、それは蝶子になにも告げずに去ったこと。それだけだ」
「――どういうこと?」
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