冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 蝶子の質問に答えて、小夜子は語り出す。あの日晴臣に教えてくれた話とまったく同じ内容だ。

「蝶子には必死に隠していたけど、私は……この家を出る一年くらい前から精神を病んでしまっていて」
「えぇ?」

 蝶子は驚愕の表情を浮かべる。小夜子は蝶子を愛するがゆえに、彼女の前ではずっといい母親であり続けた。そのため、蝶子は彼女の異変を感じ取れなかったのだろう。

「どうして? なにか原因があったの?」
「それは、このふたりがよく知っているんじゃないか」

 晴臣は公平と紀香に、きっと鋭い眼差しを向ける。おびえたように口を閉ざす公平、ふんと開き直ったふてぶてしい態度の紀香。そんなふたりに、小夜子は諦めたように肩を落として息を吐いた。

「ふたりの不倫をね、知ってしまったの。最初のきっかけは会社の帳簿がおかしいことだったわ。少額だけど、誰かが使い込んでるなってすぐに気がついた」

 もちろん犯人は公平で、会社の金は紀香と豪遊するために使っていたのだ。七緒を気遣ってか、小夜子は詳しくは語らなかったが、公平からのひどい暴言や紀香からの嫌がらせが続いたことで小夜子の心は蝕まれていったのだ。

「今ならね、夫の不倫くらいで娘を捨てるなんてって思えるけど……当時の私は家庭がすべてでそれが壊れたらどうやって生きていけばいいのかわからなくて――」

 小夜子は資産家のお嬢さんだったが、唯一の肉親であった祖父は結婚後すぐに他界してしまって頼れる相手もいなかった。同じ世間知らずのお嬢さんでも、やけに逞しい百合とは違い、繊細な女性なのだろう。
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